書かなきゃ、忘れる

 きのう、夕食の時に歯が欠けた。
 歯医者に電話したら、土曜の今日は予約が取れないが十時に来れば空い
た時刻に診察すると言われ、長い待ち時間を覚悟したが、十分後には名前
を呼ばれて、ラッキー。
 その時まで、意識がそこに向かうせいか、舌がその歯先に触れて自ら傷
つきに行くのを止められなかったが、処置してもらった途端、歯にトラブ
ルがあったことなどなかったみたいな気分になってくる。
 少し前に、右目が変な感じで眼医者に行き、瞼の裏が少し赤い以上の症
状は見当たらないが、オドメール点眼液を出してもらった時も、その目薬
を一回差したら、即、回復。念のための二回目で完治し、すると、眼医者
に行く必要はあったのか、なんて思いそうになった。
 不遜な私。
 我ながら呆れる。
 あ、そう言えば、連休前には、左足の膝の裏が突っ張る感じに悩まされ
たんだったなあ。足の裏は、板になった感覚。
 膝裏の違和感を抱えたまま、夏用の靴を探しにゆき、店員から声をかけ
られたので、足に良いのが一番、デザインはその次、と言ったら、最終的
にシューフィッターのコーナーにいざなわれ、買わなくてもいいなら、と
承諾を得て、足を測定してもらったら、左は、親指以外が浮き指だと判明
した。その部分は影も形もないのだ。
 そして、横のアーチが崩れた開張足だと指摘される。
 私は、かかとが日本人離れして細いことは知っていて、アメリカのブラ
ンドのスポーツシューズを履いている。普段の靴はヒールがない物を敢え
て選んでいた。
 だが、私の足には五センチほどヒールがある靴が良いそうな。
 とりあえず、勧められた靴を試し履きした。
 シューフィッターの店の靴はダサいし値段が高い、とこれまで近づかな
かったのに、心は購入へと動くも、私の足は健康体と信じきっていたもの
だから、心の中で泣いていて、泣きながら高額な買い物をする、という不
思議な体験をすることになった。
 そして、その翌日にはなぜか膝の裏の痛みは消え、するとやっぱり、喉
元過ぎればで、すぐに足に不調があったことを忘却し、だから、歯と目に
続いて何かないかなと探って、あ、そう言えば、と思い出すのでなかった
ら、完全に私の記憶から消えていた。
 京都の豊国廟の五百六十五段の石段を無事上り下りできるかと不安だっ
たのは、そんな不安などなかったみたいに、その新しい靴で行けた。
 こんなことを書いているうちに、ようやく疲れが抜け始めた。

信じる者は救われ・・・ない、る

 今日は、抗いがたい睡魔に襲われ、机に突っ伏して二十分ほど寝てしま
った。朝の十時四十分からである。
 これを昼寝と言えるのか。
 朝、目が覚めたのでカーテンを開けたら、日差しはあるが日が落ちたあ
との夕暮れの余韻のようで、戸惑い、時計を見たら、五時半。
 まだ太陽が昇りたてだから、そういう光の表情だったのか。
 いつもなら、そこから二度寝していた。
 近頃は生活時間が後ろにずれ、日付けが変わってから寝ることが多い。
朝、目が覚めても、そのまま起きたら昼間どうなるかを考えて次の行動を
決める必要がある。
 しかし、ツツジの季節。
 五時半には昇り始めている太陽は、さらに輝きを増し、降り注ぐ日差し
はそれだけでご褒美のよう。
 清らかな朝。
 寝ているのがもったいない。
 寝る時刻に関係なく、朝は決まった時刻に起きるのが、体のため。昼間
眠くなったら、コーヒーを飲んで二十分ぐらい昼寝すればいい、という医
者の意見に耳を傾けるべき時や今こそ、である。
 というか体がそう望んだので、そのまま起き、案の定、眠くなって、昼
前に昼寝した次第。
 ところで、「医者の意見」と書いたが、医者の名前は不明だ。
 こういう症状が認められたら、こういう病気。
 医者はその道の専門家で、彼らが知識として語る内容は個人的な見解で
はないから、それでいい。
 そのはずだが、こだわってみたのは、たとえば、走るより歩く方が体の
ために良い、ということに関してはどの医者も同じ意見のようだが、歩く
のにお勧めの時間帯となると、朝か夕方かで意見が分かれるらしい、とは
テレビで何度もこの手の情報に接していると気づく。
 即、命に関わるわけではない健康増進、予防医学の範疇は、医者が持論
を喋って良い分野、なのかもしれない。
 そして、見る人読む人は、結局、自分が信じたい意見を言った相手の言
葉を信じるようにできているのか。
 口の中の上顎側の薄い粘膜が剥がれそうだったのだろう。舌が頻繁にそ
こに触れたがり、そうしているうちに膜が剥がれた。そのすぐあとの食事
では、温かい物はその温度が通常より強く感じられ、少し食べづらかった。
 過去にも剥がれたことがあるが、今回はインターネットで調べてみたく
なった。
 痂皮(かひ)という名称だとか。
 それにしても、痂皮が剥がれる症状への質問に対して、答える人は玉石
混淆で、専門家のサイトに辿り着き、説明に納得させられたあと、ほかを
読み直したら、唖然とさせられた。

プロポーズ後も二股

 今回も、前回書いたことの補足から始める。
 私はコーヒーはインスタント、自分でも理由はわからないが、と書いた
けれど、本当はわかっている。
 本格的なコーヒーが飲みたくなったら、イタリアのILSA(イルサ)で淹
れるエスプレッソコーヒー
 パリに住んでいた時、「今後作られるのは三人用が最低容量になります」
とデパートの店員に言われ、目の前の二人用が貴重に思えて買い、長年愛
用してきた。
 ガスコンロの三つのコンロのうち、真ん中に丸い突起の安全装置がつい
ているのは一つだけで、残る二つは旧式。うち一つは直径が小さく、この
直火式エスプレッソメーカーに最適だった。
 ところが、ガスコンロを買い換えたら、すべてに温度センサーがついて
いて、イルサでコーヒーを淹れられなくなったのだ。
 コンロの上に網をのせて魚を焼くこともできない。
 進化というより、家庭用コンロは、そのせいで火事が起こらないことを
第一義に製造されているんだ、と学ばされた。
 さて、オードリーの春日である。
 テレビをつけたら彼がプロポーズをする番組で、最後まで見てしまった
が、彼のプロポーズの手紙には感激させられた。
 ところが、後日、写真週刊誌に、プロポーズの十日前ぐらいに彼が金髪
美女を自宅に連れ込んでいた、との記事。
 春日は、テレビの企画で無茶を強いられても真摯に取り組み、着実に成
果をあげる姿が眩しかったが、そのストイックさは仕事の時だけで、女性
関係は正反対だったのか。
 私は、二股、三股の付き合いを悪いとは思っていない。自分に一番合う
人を探し求めるならば、それもあり得よう。
 実際、結婚相談所で知り合い結婚した友の夫は、入会して初めて友と出
会い、結婚する気になったが、相談員から、友以外の女性会員とも付き合
ってみたらいい、と勧められたそうな。
 でも、この人と結婚する、と決めたのに、切った相手と会い続けるのっ
て、一体、どういう精神なんだろう。
「結婚で何かが変わってしまうのが怖かったんです」
 この言葉を、私は、私の理解の仕方で受け止め、共感していたが、彼は、
単に、結婚後は不倫として批難される不自由さに腰が引けていたのか。
「自分のことしか考えてこなかったんです」
 って、終わった話じゃないよね。
 最低。
 結婚後も別れた相手と縁を切らない人達の精神。
 私には想像がつかないが、春日なら、明晰に自己分析して解説できるの
ではないか。
 ねえ、教えて。

どうしたんだ、郵便局

 前回、日本の郵便局は住所が不完全でもちゃんと届けてくれると書いた
が、手放しで褒められないのは国内の郵便物は誤配があるからだ。
 外国からの郵便物だけ、国の威信を賭けて頑張ってくれているのか。
 しかし、問題はゆうちょ銀行だ。
 通帳を作った際、表紙に手書きする私の名前を二度も間違えられ、
「これでも大丈夫です」
 二度とも、このまま使えと押し切られた。
 しかも、中に印字された金額も間違っている。
 気づいて訂正されたようだが、上から訂正の線が引かれているわけでは
なく、郵便局の通帳に馴染みがないと、あとで見た時、面喰らいそう。実
際、通帳を見る度、私はそうなる。
 これも一度だけの経験ではない。
 私にだけ集中して起こる現象なのかなあ。
 人為的なミスに目くじらを立てるわけではない。ただ、正しく対処して
もらいたいだけだ。
 だって、通帳の名前ですぞ。金額ですぞ。それを間違うって、あり得る
のか。
 これでよく銀行業務ができているものだと呆れてしまう。
 ところで、私は朝起きたら一番に湯を沸かす。
 南部鉄瓶で湯を沸かし、紅茶とコーヒーを入れる。紅茶はポットでいれ
る本格派だが、コーヒーはインスタント。自分でも理由はわからない。残
った湯は、薬罐で沸かす麦茶に合流させて、一日分の飲料とする。
 ところが、ガスが点かなかった。
 ガスコンロの電池が切れたのか。
 買いに走ってもいいが、九時を待って電話した。
 ガス保守でお世話になっている会社にかけ、社員を名指しで頼んだら、
出勤していて、私の話を聞くと、ガスの元栓を一度閉めてから開けてみる
よう指示される。
 点いた・・・。
 近頃はますますガス漏れ対策が強化されていて、器械が、私の元栓の開
け方に安全装置を働かせるべき何かを感じ取り、一時的にガスの供給を止
めたのだろう、とのこと。
 九時を待つ間にインターネットで調べたが、この可能性に言及している
ものはなかった。
 やっぱり餅は餅屋だなあ。
 少し前にも彼に電話したことがある。
 その時は、炊飯器のホースをガスの元栓に繋ぐ前にガスの元栓を開いた
ら、本来その逆が正しい手順らしいのだが、ボッとガスが溜まったのが出
て、一瞬ガス臭くなった。
 今回はホースは繋がれていたが、同じことが起こったのかと問うと、そ
うだ、と言う。
 解決の方法だけでなく、なぜそうなったかの理屈も説明してくれる人が、
私は好き。
 そういう人に出会ったら、自ら率先して顧客になる。

フランスの郵便

 先日、テレビをつけたらオードリー春日のプロポーズまでを密着放映し
ていた。
 春日と言えば、彼宛ての郵便物は、細かい番地を書かなくても、むつみ
荘と彼の名前だけで届くのだとか。
 フランスの地方の中学校に教員に準ずる形で滞在していた時、春と秋に
イギリスへの学校旅行に同行し、同じ家にホームステイさせてもらったら、
クリスマスにその奥さんからカードが来た。宛名は、フランス、市の名前、
中学校名、私の名前。それで届いたので、さすが田舎、と感心させられた
が、春日の例を見ると、有名になれば、日本でも大都会を田舎仕様にでき
るのかも。
 先週、フランス人の友からそろそろ手紙が届いてもいい頃なのにと思い
始めていたら、私から送った手紙が返送されてきた。貼られたシールに、
宛名国から理由は不明で返還された、というようなことが書かれている。
 友は、突然、引っ越しでもしたのか。
 友はパソコンを持っていないので、メールのやりとりしている知人に頼
んで、電話してもらおうかなあ。
 いや、フランスのことだ。次の手紙は普通に着くのではないか。
 そう考えるとは、そのとおり、私はフランスの郵便を信用していない。
 去年、何度か重要な書類をフランスとやりとりする必要があって、向こ
うからは航空便で届くが、私からは毎回、追跡と紛失時の保証がついた方
法で送っていた。通常七日ほどで着くことになっている。が、一度、日本
を翌日の飛行機で出発したが、パリ到着後、ずっと空港内で留め置かれ、
先方に配達されたのは三週間以上経ってから、ということがあった。高く
ついても、普通の郵便にしなくてよかったのだ。
 私は、友に新たに手紙をしたため、送り返された封筒ごと別の封筒に入
れて送ることにした。
 住所を書くべく、住所録を開く。
 あ・・・。
 郵便番号の数字が一つ間違っている。
 日本の郵便局は、集合住宅の号室違いのポストに誤配することもあるか
ら完璧とは言えないが、海外からの手紙に私の住所が途中から抜け落ちて
いても、番地が間違っていても、私を突き止め、鉛筆で正しい住所を書い
て、届けてくれる。
 私が間違って書いたフランスの郵便番号は同じ県内に存在するから、そ
の程度の間違いで、なんで届けられないことがあるだろう。住所は正しい
んだし。
 それに、送り返すのであれば、なんで一ヶ月以上も経ってからなんだ。
 怒りも失望もなく、ただそう思う。
 フランスには期待していないってことなんだろうな。

現金回帰

 つけたテレビ番組が面白くないとほかに回すが、この時、面白くないと
判断した理由を言語化して分析することはない。
 だが、今流れているコマーシャルの中に、それが始まるとほかのチャン
ネルに回してしまうものがあり、一分以内の短さでも我慢できない拒否の
理由を考えさせられることになった。
 このコマーシャル。現金をやめてカードを使いましょう、と言いたいら
しい。
 はい、君のお札を僕が持ったら、このお札、一体誰のお金になるんだろ
うね。お金って不確実だね。そんなものにとらわれているんだね、僕達。
お金ってなんなんだろう・・・というようなことが台詞として語られるの
だが、もう突っ込みどころが満載。
 久しぶりに思い出した。
 叔父が茶目っ気のある人で、一緒に食べている時、たとえば唐揚げを一
つ、隣に座った私や、自分の子供達の皿に、ひょいっと載せる。
 私達は喋っていて気がつかなくて、さあ、食べようと皿を見たら、
「あれ、まだ食べてなかったっけ・・・」
 と首を捻りつつ、二つ目を食べることになる。
 まあ、こういうことがしょっちゅうだと、叔父の仕業だとわかってしま
うのだったが、コマーシャルでいうところの現金と同じことが起こったわ
けだ。
 この唐揚げ、僕のかなあ。君の皿に載ったら君の物になるのかな。
 たった一つ反証が見つかっただけで、現金を特別視する根拠は崩れるの
である。
 で、お金とは何かと聞くんですか。
 それを銀行関係者に教えなくてはいけないんですかね。
 確か、物々交換の面倒や不都合を回避するために石やら貝やらを経て紙
幣、硬貨に辿り着いたのではないですか。
 海外を旅行する時、カードは便利だ。
 しかし、国内だとそうとは言い切れないし、歳を取ったらカードは不便
になると私は予感している。
 カードを管理し、暗証番号を記憶し、なおかつ、そのカードで使えるだ
けの金額を把握しておくにはかなり高度な能力が必要で、それができなく
なったら、原始的な現金が一番になるはず。
 詐欺対策と言われるかもしれないが、そういう年齢に達したら、現金で
もカードでも、詐欺に遭う時は遭うであろう。
 だが、カードだけの世界になったら。
 カードの管理が厳しく本人のみに徹底されるならば、子は、親の死後、
親の預金を引き出せなくなり、遺産は課税率百パーセントということにな
り、富の継承がなくなる。子の世代は親を当てにしないという真の平等が
世に行き渡る。それは良き未来かも。

La、Li、Lu、Le 令和

 四月一日の新元号発表をテレビで見た。
 あちこち回して、結局、落ち着いたのはKBS京都。
 他局がみな、発表された情報をすぐにでかでかと画面の下や上に貼り付
けるのが目にうるさい中、そういうのがほとんどなく、情報発信の王道に
徹しているように見えたのが京都放送だったのだ。
 発表前の会場も、入り口を大写しにして待ち構えるのではなく、後ろか
ら会場全体を写して、記者達がいる雰囲気を伝えてくれた。
 要は、演出で過剰に盛り上げようとする魂胆がなかったわけで、ローカ
ル放送って意外といいもんなんだなあ。発見である。
 もちろん、これは私の個人的な感想だ。
 なんにせよ、個人の趣味でいろいろ選ばせてもらえるのは、ありがたい
ことである。
「令和」の発音はご自由に、というのも同じ。
 まあ、このおおらかさがないと日本語は成り立たないのだが。
 日本語の単語にはアクセントがある。一応。
 一応と言うしかないのは、たとえば、朝日、毎日という単語で検証して
みるといい。
 個々の単語にアクセントがあるが、このあとに「新聞」という単語を付
け加えると、アクセントが変わる。「新聞」もそう。単語と単語を繋げる
と、個々の単語のアクセントが変わる。
 規則ってあるのかなあ。
 日本人は間違いなくできているけど。
 なんか雅楽に似ている気がする。
 日本人なみの正しいイントネーションを獲得した外国人を尊敬せずには
いられない。
 ところで、「令和」のローマ字表記は、そうなるんだろうな、と予感し
ていたが、残念だ。
「令和」の初めの子音がローマ字が制定されて以来のRだと、日本語発音
から大きくかけ離れて、令和と発音されているようには聞こえない。英語
もそうだが、フランス語で発音されたら、きっと、ほとんど理解できない
だろう。
 口と舌の形から、日本語のラ行はLに近いことはわかっている。
 それを、敢えてRにしたのは、Lの小文字のlがiの大文字のIと紛ら
わしくて、間違えないようにという配慮だったのかも、と想像したりする
が、ラ行をRで書くせいで、外国人による発音は絶対的に日本語のラ行か
らほど遠くなる。
 一方、日本人は日本人で、Rでラ行を表わすから、RとLを同じ音だと
思い込んでしまう人も出てくるのではないか。
 小学生から英語、と言うことは、正しい発音を推奨したいんだろう。
 ならば、発音の観点から、ローマ字のラ行をLに変えるのがまず手始め
だと思うのだが。

拒食と過食かも

 冬は冬特有の症状に悩まされることがある。
 かかとのひび割れは定番。
 だが、今年の冬、左の足裏が痛いので、見たら、横に一筋、五センチほ
どの長さで皮膚がぱっくりめくれている。こんなの初めて。
 右手にも異変。
 指の関節は、まっすぐ伸ばしてちょうどいいよう、曲げた時はその部分
の皮膚がたるむ。ところが、右手の中指の皮膚は、中に何かが注入された
ようにぷくぷく。薬指も。
 小指がそうなりかけた時、素人考えで、たるみの中に何かが集結する前
に撃退しよう、と一心にこすったら、内出血して、今も若干色が残ってい
る。
 この症状。思い出せないが既視感がある。
 あ、しもやけ・・・。
 そう言えば、右手の薬指の爪が生えてくるすぐ下の皮膚も、なんか赤い。
 先週は、鼻の奥にスーッとするような金っけのある独特の嫌な匂いを感
じた。
 記憶の底を探り、アレルギーが発症した時感じる匂いだと思い出した。
 外から帰ると鼻がぐずぐずするので迷わず漢方薬を飲んでいたが、飲ま
ない判断をしていたら、まずいことになっていただろう。薬を飲んでも嫌
な匂いを感じるのだから。
 薬がまだあるからではないが、先日はアレルギーの定期診断に行きたく
なかった。体組成計で体を調べられるのが、嫌。
 案の定、体重が今までで最高の数値だ。
「この頃帰宅が遅くて、そんな時間に食べたら駄目だとわかっているのに
食べてしまうんです。おなかは空いていないのに。ストレスですかね」
 自己分析できていればいいというものではない。
「きのうは五つに切ったロールケーキの一切れだけのつもりが全部食べて
しまいました」
「それは、あかんわ」
 医者が言うが、私自身、話していて、やばい、と思った。
「調べたらいろいろ出てくるだろうけど、まあ、飲んでみて」
 漢方薬を二種類処方された。
 インターネットで調べたら、神経症、心身の興奮状態を鎮める、小児
の夜泣きや疳の虫、引きつけ対策、などなど。
 ・・・。
 でも、十ヶ月間で六キロ痩せ、それから今までの五ヶ月間に九キロ増。
 拒食と過食の輪にはまっていたのだろうか。
 真面目に薬を飲もう。

役者の関西弁

 話の途中、「パーティ」と言おうとして「パーテー」と言ってしまった
ら、中学生女子が大笑い。
 脳はもう次に言いたいことを考えているが、それに言葉が追いつかなか
ったみたい。
 そう弁解すると、
「あるある」
「わかる~」
 だが、次の話題に移っても、下を向いて、くすっと思い出し笑いされる。
 ニホン人が日本語を間違えるわけがない、という大前提があるから、彼
女達は安心して私のささやかな言い間違いをからかえたのだろう。
 実際、言葉を習い始めた初心者が少々間違えても、周りの人はみな、温
かい眼差しだ。ところが、上手な人の言い間違いや使い間違いには一転、
すこぶる不寛容になる。
 大学卒業後ずっと東京に住んでいる男友達と会い、言葉の話になった。
 彼は、関西のイントネーションを使わないよう気をつけているが、中で
も「ラジオ」の発音で出自がばれたら軽蔑の視線が半端じゃないそうな。
見下すことで優位に立てたと思う人は、日本語バイリンガルでない引け目
を、そうやって差別することでなだめているのだ、と理解したが、口に出
しては、
「近頃は、大きな企業でも転勤なしとか転勤の範囲が関西圏のみという所
がでてきて、人気みたい。そりゃそうよね」
 とずらした話をした。
 彼は頷いてから、 
「それにしても、俳優や女優が、関西弁がうまくて、びっくりする」  
 と言い、もうすぐ終わるNHKの『まんぷく』を例に挙げた。
 もちろん、安藤サクラ演ずる福子の「あなた」の発音は耳につくし、そ
もそも「あなた」と言うのかという疑問があるが、それは「おっしゃる」
も同じだ。母親役の松坂慶子が単語と単語のあいだをぶつぶつ切る話し方
も気になる。
 でも、「英語を話すより難しい」とどこかで語っていた瀬戸康史を含め、
みな、関西弁ネイティブのごとき流暢さ。
「テレビなんかで小さい頃から関西弁に馴染んでいるから、喋るとなった
ら、その学びが生きるのかも」
 と友が分析する。
 ところが、彼らの言葉の評価が関西人のあいだで大きく二極化している
というインターネットの記事を読んだ。
 超上級の域だからこそ粗探しをしたくなるのだろう。
 パーラー白薔薇の店主役の加藤雅也が、僕は奈良出身だから言葉に苦労
するわけがない、とテレビで言うのを聞いた。
 えっ。
 彼は非関西弁ネイティブだと思っていた。
 松坂慶子同様、誇張して単語を切って話すからか。
「生粋」ってなんだろう。
 わからなくなってきた。 

非言語的常識

 高校生の女の子が、期末試験で英語のリスニングの点が悪かった、と言
う。
「授業の時より難しいのが出される気がする」
 リスニングで点数が取れない、とは常々彼女が言っている。
 じゃあ、筆記試験で点数を稼げば、と言いたくなるが、友人の息子が不
登校になった時、
「どうせずっと家でゲームをしてるんだったら、掃除とか後片付けぐらい
してくれたらいいけど」
 と友が言うのを聞いて、それは違うだろうな、と思った。
 これの不足はあれで補填するのが当然、という発想は合理的なようで当
事者にとって的外れだということだ。
 私は女の子に、
「リスニングのテストってどんな感じ」
 と聞いてみた。
 音声が流されるのは、質問用紙を開けた二分後。
 なるほど。その二分間に質問に目を通して、何を聞き取るべきか、事前
に心の準備をさせてくれるのね。
「えっ」
 驚く彼女の理由がわからない。
 彼女はいつも、その二分間を筆記試験の続きに当てていたという。
 質問内容もわからないまま、いきなり英語を聞くのか。それはニホン語
のリスニングテストでも無理だろう。
 質問は、音声の初めに注意事項が述べられている時に見る。
 じゃあ、上の空ってことよね。万一解答のルールが変わっていたら、全
滅よね。
 なんにせよ、最初に与えられる二分間の意味を理解していないのがまず
い。まずすぎる。中高一貫の私立校で、彼女はずっとそうやってきたのだ
と思うと、唖然とさせられる。
 なんで誰かに聞いてみようと思わなかったのか。
 疑問に思ったことがなければ、聞かないか。
 その日、私は欄外にフリクションのボールペンで書いた一文を消すこと
にしたが、ボールペンを出すのが面倒で、急ぎでなければ今度消すつもり
でそう言ったら、
「わかりました」
 と大学生が消しゴムを持ち出す。
 え・・・。
 消えた。
 知らなんだあ。
 夏に孫が生まれるという人と歩いている最中、この先にパンの耳まで柔
らかい食パンの専門店があるが、一斤買い、結婚前だったので娘の将来の
お婿さんとなる人に半分あげようとしたら、ナイフでちゃんと切れないし、
値段に見合う美味しさかなあと思った、と話すのを聞いて、味のことはわ
からないが、そのパンはテレビで見ていたので、その特徴から、私は言っ
た。
「手で千切るんじゃないですか」
「えー。ああ、そうなんだ・・・」
 言わなくてもわかっている、と思っていたら、わかっていない人がいる。
 お喋りは大事だ。

愛って何

「それ、どういう意味」
 と聞かれないなら、その単語を相手も理解している。
 もう解明されていることだが、たとえば「犬」という単語を万人が共通
認識しているのは、驚異的なことだ。
 スピッツ、チワワ、柴犬あたりを見せて「犬」と教えられたら、次にト
イプードルを見ても犬だとわかる。
 食用のキノコと間違えて毒キノコを採って食べて死んだ人は、少なくと
もキノコという種類は正しく理解できていた。
 言葉で定義するよりも、いくつか例を見せる方が手っ取り早い。
 一方、抽象的なものは言葉での説明が不可欠。見えないから、そうする
しかないのだが。
「愛」は抽象。
 ところで、その定義にはないのに、私達が勝手に付け加えて当然だと思
っていることはないだろうか。
「結婚記念日を忘れるだなんて、もう私のことを愛していないのね」
 なんて、ドラマの主人公じゃあるまいし、実際に言う人はいないかもし
れないが、この原因と結果の決めつけをナンセンスと一蹴できる人は少な
かろう。
「愛しているのなら、態度で示して」
「これぐらいはしてくれてもいいんじゃないの」
 愛という言葉を使っていなくても、同じこと。
 愛はあるかないかの二つに一つで、白か黒かのはずが、それでは大雑把
すぎると言うなら、白と黒のあいだに灰色を中間色として入れればいい。
なのに、白の中にまっ黒に到達するまでの細かいグラデーションがある、
と信じている。
 そして、自分がもらっている愛がどこに位置しているかがすごく気にな
る。
 だから、自分が与える側に立つと、どれだけ与えられているかが気にな
る。たっぷりもらえていないと感じた時の心のざわつきを覚えているから、
相手に同じ悲しみを与えたくないと思うのだ。
 それは優しさ。
 けれども、愛の百点を計測する物差しはないから、合格点のレベルを自
分でずんずん上げて疲れたり、自分はよくやっていると思うと、その相手
ではない別の人が自分にちゃんと愛をくれないと感じて、苛立ったり。
 このからくりがわかれば、その罠から抜け出し、賢い人になれるのだろ
うか。
 デイサービスに通っている女性が、新聞への投稿で、自分と同年配だが
手がかかる人にスタッフがつきっきりで、いいなあと思った、と書いてい
た。甘えだと自己分析もしている。ところが、子供から元気かと電話があ
ると、「元気」と強がりを答えてしまうと。
「今度は寂しいって言ってみようかなあ」
 愛は一生制御不能かも。

キャラ弁は愛ではない

 稲垣えみ子が光熱費を限りなくゼロにする生活に至るまでの顛末を書い
た『寂しい生活』の中で、冷蔵庫も洗濯機も掃除機も全部なくしたら家事
が大好きになった、なんせ掃除も洗濯も十分間で終了、料理も同様、ご飯
と味噌汁が基本だから、ところでそもそも私達は毎日ご馳走を食べる必要
があるんですかね、と問題提起する文章まで来ると、キャラ弁には無条件
反射で眉をひそめたくなる私自身を思った。
 小さい弁当箱に広がる絵画的世界。
 だが、海苔を眉や目の形に切って、土台となる食材の上に載せるのは、
海苔に手で触る時間が増えるから、衛生的に気持ち悪い。
 今日はこういう絵、という目的のために、おかずのバランスや量が犠牲
にされることもあるのではないか。
 もちろん、私の正論が絶対に正しいとは限らないことはわかっている。
 ただ、こういう論拠では私の違和感を本当には言えていない気がして、
もやもやするのだ。
 と、ママは手を抜いてもいい、オンナをしてもいいという類いのママ応
援歌が蔓延し始めている昨今の風潮に関して、子供がちゃんと自立できる
ように育てるのが子育ての本質だろうに、子に手をかけすぎて母親自身が
育つようになことばかりしてどうする、疲れてどうする、と述べる男性の
ブログに遭遇して、気がついた。
 食の本質は空腹が満たされること、次の段階は栄養のバランスが取れる
こと。
 キャラ弁は見た目を競う芸であり、食の根幹ではない。
 見た目は良くても味はどうなの献立の中身は、と指摘する私は、だから
全く的外れというわけではあるまい。
 だが、愛はかけた時間に比例する、という考え方がある。
 キャラ弁の達人は、純粋に自分自身が楽しいから、そして蓋を開けた時
の子供の驚く顔を想像するのが嬉しい、と無邪気な気持ちでしているだけ
かもしれないのに、真似できないと思うと、普通の弁当より手間がかかる
キャラ弁の方が愛情がこもっているという裏メッセージも発信されている
と受けとってしまうのではないか。キャラ弁能力がないと子供への愛が足
りないと言われている気がする、ということだ。
 独身の私ですら、そう感じる。
 キャラ弁が得意な人は、掃除、洗濯はからきし駄目かも、と想像して頭
を冷やすことだってできるだろうに。
 キャラ弁が作れない私は駄目。家をすっきり片付けられない私は駄目・
・・。
 それぞれの分野の第一人者を見上げて、すべてで優秀になれない自分自
身を嘆く。
 自分いじめだな。
 そんな快感はもう手放そう。

友の死は知りたい

 転移のある肺癌とわかって十ヶ月目のソニアが、治療の合間に移住先だ
ったスペインに一週間ほど戻ると言うので、帰国した頃を見計らってメー
ルを送るも返事が来ないと、最悪を予感して、別のフランス人の友にソニ
アの出生記録がある役所に問い合わせてもらい、ソニアの死亡がわかった。
 生まれる時も一人なら死ぬ時も一人、とはよく言われることだが、生き
ている間は決して一人ではない。
 水道ガス電気のない孤島で一人暮らしをした場合には、動植物や自然の
恩恵を実感するだろう。人は一人では生きられないのである。
 だから、親しかった人と突然連絡が取れなくなったら、それが死により
そうなるしかなかったのなら、私はその事実を教えてほしい。でないと、
その人の生の完結を受けて、私とその人の関係も正しく完結したくても、
できないままになる。
 ソニアがフランス人でよかった。
 これがニホンなら、個人情報保護法とか言って教えてもらえなかったの
ではないか。死者に属する情報は保護の対象にならないが、その情報は死
者の身内にとっての個人情報になる、という論法で。
 けど、と私は思う。
 生まれて、死ぬ。
 そういう宿命のもとにある私達なのだから、死は、死だけは、誰の死で
あれ、人の共有財産として、知りたい人には教えてあげたいと心が動くの
が人の自然ではないか。
 それに、保護保護と言うけれど、立場上その情報にアクセスできる人が
いるということは、完璧な保護はない。
 もちろん、戸籍や住民票を頼らずに済む仲間のネットワークがあれば問
題は解決する。
 ただ、メールやスカイプが主な連絡手段になっている関係だと、家人が
喪中葉書を送ってくれたくても、そもそも私の存在を知らなかったり、知
っていても連絡方法がわからないことは十分あり得る。
 かようなことをつらつら考えさせられた今回であるが、気がついた。
 親しい人の死を知る手立てがないまま放置されるのは嫌だと思っている
私自身が死んだら、フランスの友人知人に、私はその最も嫌なことを強い
ることになる。
 そういう時のために、手紙と送ってほしい相手の連絡先を用意しておく
べきか。
 あるいは、疎遠になったら、その理由を探らず、さっさと記憶のアドレ
ス帳から消し去るのがこの世の正しい生き方で、私は慣れればいいだけな
のか。
 でも私は、年賀状だけの関係になっている人から今年で年賀状はやめる
と宣言されても、さみしい気持ちになる。

友の死を知る

 去年の六月、フランス人のソニアからメールが来るまで一年以上音沙汰
がなくても気にならなかったのは、便りのないのはよい便り、と信じられ
たからだ。
 しかし、その六月のメールで、転移もある肺癌のステージ四だとわかっ
て移住先のスペイン、アンダルシア地方からフランスに戻り、抗癌剤と放
射線治療が始まったのだが、その一連のことを書く気になれなかったと告
白され、けれども、九月一日のメールで、治療が今日で一段落するので、
あしたから十六日までアンダルシアに戻る、十月十五日前後にももう一度
戻るつもり、という予定を知ると、病気とうまく付き合えているのだと想
像するも、一抹の不安は手放せない。
 九月十六日に帰国し、九月十八日は血液検査とCT検査、ということな
ので、その少しあとにメールを送り、十月にも送り、スカイプからもメッ
セージを送るが、返事がない。
 今どこにいるの、どうなっている。
 彼女の妹や姪、親友カップルの話は彼女のメールに何度か出てきたが、
名字や住所、電話番号はわからないから、問い合わせる手立てがない。
 別のフランス人の友に、フランスで、どうすれば個人の死亡を確認でき
るか、聞いてみた。
 死亡が確認できなければ生きていることになる、という立証の仕方で、
ソニアは私にメールを書けないだけなんだと納得したい。
 相談した友にはソニアを紹介したことがあるので、私は実はソニアのこ
となのだと詳細を伝えた。
 友が調べてくれて、名前、生年月日、生まれた市町村がわかり、死亡届
が出されていれば、その役所が教えてくれるそうな。
 私はソニアの本名を知っているが、彼女の生まれた場所も知っている。
 星占いに必要で、聞いたことがあるのだ。
 個人的な趣味のおかげで、私はソニアのそういうことまで知っている近
しい友だと証明することができたのである。
 おかげで、友はすんなり情報を入手してくれた。
 ソニアは去年の十月二十六日に死亡。
 亡くなった地名も知らされた。
 ソニアが治療を受けていたリヨンでも、彼女の妹が住んでいるトゥール
ーズでもない、その中間地点の小さな町だ。
「そこに緩和ホスピスがあるのかも」
 友は言う。
 生死がわからぬままならば、なぜメールが来ないのかと気を揉む日々が
一生続いたと思うと、事実がわかって、悲しいけれど、嬉しい。
 ところが、欲深な思いがこそっと芽生えた。
 ああ、ソニアの身内がソニアのパソコンかスマホで私の存在を知り、連
絡してきてくれたらいいのになあ。

ソニア

 そうか。去年の九月一日に私は彼女のことを書いたのか。
 書いたことは覚えているが、いつだったかわからなくて見直したら、
彼女から一年以上音信不通の末にメールが来たのはその六月で、それか
ら六回目のメールが来たのが九月一日だった。
 ソニア。
 本名ではない。
 両親にも、今後は自分が好きなその名で呼んでほしいと言い、若い頃
からその名を使っているそうだが、私は本名も知っている。本名を知っ
ていてよかったと、やがて安堵することになる。
 彼女の音信不通を、私はスペイン、アンダルシア地方での生活が、楽
しいけれど取り立てて私に報告するようなことはない日々になっている
からだろうと想像していた。
 パリで銀行の管理職だった彼女は、五十歳前に同僚の男性から濡れ衣
をかけて足を引っ張られようとしていることを秘書を通じて察知すると、
身の潔白を証明したのち退職。もう仕事には就かず、長年の夢だった芸
術家へと舵を切った。
 個展を開いても売れない素人芸術家。けど、大満足。
 ただ、パリから移り住んだブルゴーニュ地方は、広い田舎家は理想的
だが、寒さが嫌。
 物価も安い南国スペインに家を借りると、死ぬまでそこに住みたいと
考えるようになっていた。音信不通になった頃、その地で彼女は咳に悩
まされ始めていたのである。
 幾つもの検査の結果、肺癌のステージ四だと判明。副腎、食道にも転
移して、手術は不可能。抗癌剤放射線の治療になる。
 フランス、リヨンの、自分の過去のカルテがある病院で治療してほし
いと望んだら、友がフランスから迎えに来て、荷造りをし、車で送って
くれ、リヨンの友達は診察の予約を取ってくれて、家具付きのアパルト
マンも見つけてくれたとか。
 でも、車での移動は死にそうにきつかった。
 闘っている。
 彼女は書いてきたが、まさしくそれは彼女のイメージである。
 肺癌と診断される三ヶ月前に現地で新築の家を買う契約をしたばかり
だったが、やっぱりそこに住むのだ、と決意は固まったと言うし。
 主治医は、現地でも同じ治療を受けられると彼女に同意。ただしCT
検査と診察に二ヶ月ごとに戻ってくること。
 治療が一旦中断するあいだの九月二日から十六日までスペインに戻る
わ。契約を完了させるつもりよ。
 ちょっと風邪を引いただけ、みたいな彼女のスケジュールには驚かさ
れるが、治療がうまくいっているのだろう。
 もう帰国したはずの九月二十日にメールを書いた。十月五日にも。
 だが、返事がない。