保存の一冊

 藤井聡太の快進撃と彼の人柄に惹かれて将棋に興味を持ち、棋戦の生中
継や再放送を観るようになったが、大盤解説の人が、
「2七銀が」
 と言った言葉から盤上にその場所を見つけるのですら時間がかかる。
 その後の指し手予想は馬に念仏。
 でも、長時間の放送を付けっぱなしで流してしまう。
 解説者の予想を超える一手が繰り出された時の解説者の絶句、驚嘆を手
がかりに、
「そうか、そんなすごい手なんだ」
 と知るのが楽しい。
 新聞やインターネット記事を読み、谷川浩司羽生善治の過去のテレビ
出演の動画を観、図書館の所蔵で探して、『将棋の子』を借り、同じ作者
の『聖(さとし)の青春』を読むと、これは映画になったんじゃなかった
っけ、と調べて、今頃、映画の予告編を見たり。
 こんな私は、将棋ファンというには、かなり異質であろう。
 それでも、普通のファンの視点にも興味があり、書店で『将棋世界』を
探したら、日本将棋連盟発行の機関誌なのだから王道だろうに、取り扱っ
ていないと言われ、将棋が置かれた現状を思い知らされることになった。
 そんな中、スポーツ誌『ナンバー』が創業四十年目にして初めて将棋を
取り上げるという情報を知った。
 その九月三日。
 書店で、置いてあるならこの棚だ、という所に行ってみた。見つからな
ければ、頑張って探さない。
 情報は、もう潤沢に手にできているのだから。
 しかし、水色を背景にした藤井聡太の爽やかな表紙が正面から目に飛び
込んできた。
 ならば、世間の話題に乗っかり、買いましょう。
 四冊ある。
 私は、保存用の一冊を買ったことはない。
 ただし、人が保存用に買い置いていたのを中古品として売ってもらった
ことは、ある。
 新美南吉の『日本児童文学大系二十八』。四十二年前の発行で、その時
代らしく、箱形の函に入り、本自体にはパラフィン紙のカバー。
 こういう体裁だと、函から一度でも本を取り出せば、書店に並んだ時の
さらの状態には戻せない。
 なので、私が譲ってもらった一冊は、本当に、買ったまま長く保存され
ていたことがわかった。
 で、『ナンバー』の「藤井聡太と将棋の天才」の号である。
 話題の一冊だとしても、私が二冊買うのは、無意味にはしゃいで、浅ま
しいだけ。
 一冊、購入。
 ところが、記事を読み終わった二日後、私はこの時の判断を悔いること
になる。
 諦めはつく。でも力は尽くしたい。
 そんな欲に背を押されて、迷走の一週間が開始した。