記憶力

 大学生と話していて、部活はボート部と聞き、私は言った。
レガッタ
 すると、彼は、この言葉はまだ一般的になっていないと思っていたのか、
「なんで知ってるんですか」
 と驚く。
 だが、私の方が驚きは大きかった。
 私は自信を持てレガッタと言ったのではない。
 無からいきなりその言葉がポンと出た、と言えばいいだろうか。
 ひとごとみたい。
 だから、自分のことなのに驚かされた。
 中学生の時、塾で、雲の名前を高度の高い順に習った。
 その翌週、十人弱の同級生の中で、答えられたのは私だけだった。
 復習したりしていなかったのに、全部、正しく言えた。
 この時も、そんな私の言葉を、私の意識はひとごとのように聞いていた。
 ごく稀にこういうことがあり、その度、私は落ち着かなくなる。
 だって、私が記憶の中から引っ張り出してきたはずなのに、その認識が
ない。でも正しい記憶だったとわかるから、私は私の記憶であったことを
否定できない。
 もし、こういうことが頻繁に起こるようになったら。
 正気でいられるかなあ。
 たとえば、ゴーグル越しに今いる空間と違う場所を見るVR。
 そういう光景ばかり見させられる人は、その体験をこそ真実だと深層心
理が理解するだろう。そういう人が私に起きるようなことを体験する時、
それも頻繁に経験するようになったら、かなりシュールな未来になるので
はないか。
 この方法で人を操れたりするかなあ。
 さて、
レガッタ
 と言ったおかげで大学生から尊敬の眼差しで見られた私は、気を良くし
て、
「船頭みたいな人もいるのよね」
 と言った。
 ボートの先端にただ一人、進行方向に背を向け、漕ぎ手達の方に向かっ
て座る人。
 しかし、大学生が首を捻り、ここで私は墓穴を掘ったか。
 が、
「ああ、バウって言うんです」
 ということは、一応、これも正解だった。
 意を強くした私はさらに、これまた記憶している実感はないけれど、ぜ
ひとも言いたいと主張する心の声に従い、
「イギリスとかフランスが強いのよねえ」
 と内なる声を代弁して言った。
 果たして、
「そうです。イギリスとフランスは伝統的に強いんです」
 さらに調子に乗った私は、
「イギリスだと、テムズ川かなあ」
 言いつつ、私は心の中で自問している。
 ロンドン市内を流れるテムズ川はボート競技に適しているのか。
 あとで調べたら、水面が凪いだ上流がその場所になっているとわかった。
 やっぱり私って、天才?