医者の言葉

 自然気胸で入院したことがある。
 当時、私は朝六時からの早朝プール会員になっていて、監視員が施設の
扉を開けてくれるのを外で待ち構える数人の中に混じっていた。
 四十分泳いでから帰宅、着替えて出勤、というのを週三回ほど。
 そんなある日。
 会社の最寄り駅を降りて会社に向かっている最中、体内でくしゅくしゅ
っとポリ袋を手で揉んだ時のような音がした、と思うと同時に咳が出始め
た。
 止まらない。
 風邪かなあ。
 昼前には退社して家に戻った。
 かかりつけ医に行くと、レントゲン写真を撮られた。
 風邪でレントゲン写真を撮ることがあるのかと不思議がることもなく、
「念のために」と医者が言った言葉を素直に信じていたが、家に電話がか
かってきて、行くと、市立病院への紹介状を手渡された。
 言われるがままに病院に向かうが、診察室で医師から、
「このまま入院してください」
 と言われると、
「入院してどうするんですか」
 と聞いた。
 だって、咳がやまないから入院って、大げさすぎる。
「安静にしてもらいます」
「家でも安静にできます」
 しっかり抗弁する私。
 すると、医者は取り澄ました口調から一転、
「あんたなあ。家で夜中に呼吸困難になって、救急車で運ばれたりしたら
嫌やろ」
 その口調で語られた道理はすっと私の胸に入り、私は、そうか、これは
入院しなければならないほどの病気なんだ、と青ざめた。
 肺の膜の薄いところが破れて肺の中の空気が外に漏れ、肺がしぼむ。
 突発的に起こったので、自然気胸
 と、その医者はとぼけた顔で、
「変やなあ。胸板の薄い、痩せた若い男性がよくなる病気やけどなあ」
 と言った。
 むむっ。
 なんで、こんな短時間で、こういうからかいも通じる私だと見抜かれた
かなあ。
 準備体操なしで、いきなり泳ぎ、プールから上がってもゆっくり身体を
休めることなく、帰宅から出勤へと分単位で自分自身を急かせるような愚
かさが発病の引き金になったと、もう私は気づいている。でも、教えてあ
げない。
 さて、この医者は外来担当なので二度と会うことはなかったが、良き医
者だったなあ、と私の記憶に刻まれた。
 なんせ、その口の悪さで私の入院拒否の姿勢をあっさり突き崩したのだ
から。
 私は脅されたとは感じなかった。
 二人の叔母はそれぞれに、医者から頭ごなしに叱られたと語った。
 その話も聞いた。
 でも、よくわからない。
 ただ、そう言えば、私には、そういう経験もある。