アムウェイの友

 前回、パリ在住中にフランス男からかかってきた変な電話についての思い
出を書いた。
 なぜ私はずるずる会話に付き合ったのか。
 罪悪感だったと思う。
 私達は、社会学習の結果、相手が優しく丁寧な口調だと、それに相応する
態度で応じるべきであり、それからはずれる態度はいけないこと、と感じる
ようになっているのではないか。
 そこを詐欺師が悪用する。
 だが、私達も、惚れた相手の気を惹きたい時など、いつもらしからぬ紳士
淑女の態度を取るから、誰かが優しげに近づいてきたら、それだけで相手を
警戒せよ、というのは無理な相談ということになる。
 もっとも、普通は、付き合っているうちに付け焼き刃の態度が剥がれ、地
が出て、それでも続く関係であるなら、続く。
 問題は、そういう人間関係構築以外を目的とする人達からどう我が身を守
るかだ。
 詐欺師は、相手が警戒心を緩めたと思ったら、本当の目的を小出しにする。
相手が拒否反応を見せなければ、さらに一歩突っ込んだ話をまた小出しに。
やがて相手が自らのめり込んでくれたら、目的達成。
 ということは、少しでも変だと思ったら、立ち止まれるかどうか。
 そういうことを相談できる誰かがいるかどうか。
 でも、言うは易く行うは難し。
 実際には、運と言うしかないかも。
 日本アムウェイが違法な勧誘を行なったとして、六ヶ月間の取引一部停止
処分を受けた。
 以前の会社の同僚に、この組織で最上位までのし上がった人がいる。社内
結婚した妻が、先にこの仕事に着手した。
 夫は、これほど完璧なビジネスモデルはないと驚嘆し、私との仕事の打ち
合わせの前後に、熱心にその話をする。
 私は、それほど素晴らしい商品なら会員限定販売なんてセコい売り方をし
なくてもいいのにと、そこが引っかかって、熱くなれない。
 この夫婦が退職してしばらく後、家に招かれた。同業の妻の妹も来ている。
 夕食後、目の前にビーカーが並べられ、
「こんなに濁った溶液が、ほら、コレを入れたら、すぐに綺麗になるでしょ
う」
 得意げな妻。
 三人が一斉に私に微笑みかける。
 私は、同種のほかの製品でも同じことが起こる、と思っている。
 終電が間近で慌ただしく帰ったけれど、もし、まだ残っていたとしたら、
彼らは、私の気のなさを察し、膨大な収入と時間を手にする機会を逃す人、
と私を憐れみ、笑顔で解放してくれただろう。
 ほかにも人はいくらでもいる。
 そんな良き時代だったからかもしれない。
 だって、当時、彼らは堂々と社名を名乗っていた。