振替輸送の夜

 夜、いつもどおり電車を降り、同じホームに入ってくる特急電車を待つが、
降りた電車は扉が開いたまま。
 車内アナウンスが聞き取れなかったので、電車に首を突っ込んで聞くと、
たった今、この路線で人身事故が起こったという。
 解せないのは、慌てて外に飛び出す人がいないこと。
 だが、最後尾の車掌と話している男性がいる。
 走って近づいたら、男性が行きたい駅名を言っている。私と同じ。車掌は
二時間ぐらいは動かないだろうと予言する。
 男性が改札口に向かった。
 私はその後ろから、
「一緒に行っていいですか」
 戸惑う男性。
 まあ、そうだろう。
 しかも、改札口の向こうには彼を待っている女性。
 幸い、女性も了解してくれ、私は彼らに付いて最寄り駅に向かった。
 事故がなければ男性は途中下車することはなく、この女性と改札口越しに
会うことはなかったはずだし、振替輸送の駅では女性が男性を見送ったから、
ますます二人の関係は謎。
 でも、二人は、私に駅まで七分ほどだと話しかけてくれたりして、たとえ
恋人同士だったとしても、他人にも寛大になれる安定の季節に到達していた
のは間違いなく、おかげで私は助かった。
 スマホがないから一人ではお手上げだったと私は言い、でも、
「タクシーがあるでしょうけど」
 と最後は金の力でと仄めかしたら、この駅は、深夜、家までタクシーで帰
る人が多く、普段からタクシーがつかまりにくいと言われ、ますます、この
二人に出会えたことが幸運だったと思えてくる。
 駅まで来れば、一人で帰れる。
 だが、私は男性と一緒に電車に乗り、持てる社交性を最大限発揮した。
 私的なことには踏み込まない会話。
 でも、あの電車でどこまで行く予定だったのかと聞かれたら、駅名を答え
る。すると、彼が自分はその沿線に住んでいたと言い、小さい頃、親にあそ
このスイミングスクールに行かされていたと語ると、今度は、私が、私は大
人になってから出勤前にそこに泳ぎに行っていたと告げることになる。ただ、
準備体操もせずいきなり泳ぐことを続けたせいか、自然気胸になったんです。
「え、男性がよくなる病気ですよね」
 彼がそう言えるのは、彼もその病気で二回入院したからだった。
 私も入院したが、彼の話を聞くと私は症状は軽かったのだとわかった。
「なんか共通点が多いですね」
 互いにびっくりし合った不思議な縁。
「おかげで退屈せずに済みました」
 彼は言い、下車していった。