今年の五月十五日

 フランス人が来た。
 友達の友達なので初対面だ。
 十五日は葵祭で、私は見なくていいのだが、彼女が見たいという。
 が、その朝、祭りが翌日に順延になったと発表があり、天は私の心の声を
聞き届けてくれたのかと思う。
 葵祭は、見るとしたら午後に行くつもりで、朝は京都迎賓館の見学を予約
してある。
 見終わると昼食の時間なので、近くの休憩所に向かう。
 たぶん、あの建物。
 自転車をぎこぎこ漕いで警察官が現われたので、これ幸いと確認のために
訊ねたら、道の反対側の建物を示された。
 だが、トイレだった。
 どこかの係員らしい制服姿の人に再度訊ねたら、私が思っていた建物で合
っている。警察官は地方出身者が多く、場所をよく知らない人が多いと言わ
れたけど、御苑勤務でそれは通る話なのか。
 休憩所でいなり寿司を買った。
 店内で食べるつもりが、フランス人が、外の芝生に点在する木のテーブル
で食べようと言う。
 しかし、一足違いで空いていた最後の場所を取られてしまった。
「遅かった、ごめんなさい」
「私達にはもっと良い場所があるっていうことなのよ」
 と私。
 果たして、京都御所の真ん前のベンチが空いていた。
 食べ始めてしばらくすると警察官が近づいてきて、にこやかに笑いかけ、
これからどうするのかと問う。
 なぜにその質問。
 上皇御夫妻が京都御所に滞在中で、あと三十分ほどで外出されるので、私
達はもう少ししたらここから立ち去るか、地面にコの字にテープが貼られた
あの枠内にいる人達に交じるかしてほしい。
「食べ終わったら、ここを出ます」
 しばらくして、また催促に来られた。
 上司に命じられたらしい。
 任務、大変ですね。
 いや、さっさとここから立ち上がらない私達がいけないのだろう。
 後方の休憩所に入った。
 あ、ここからでも見える。
 しかし、フランス人は、ここと道のあいだの芝生の上は木陰なので、そこ
から見ようと提案。
 同じ発想でそこを選んだとおぼしき先客の男性が二人。
 彼らに交じる。
 またまた警官が近づいてくる。
「でも、あの人達は」
 私服警官だった。
 無駄な抵抗を止め、枠の中に入った。
 あと十分ほどという直前なのに前から二列目の好位置を確保できたのは、
御苑の中は沿道ほどには人が集まらないということなのだろうか。
 なんにしても、流されるままを受け入れたら遭遇することになった好運。
 嘘を教えた警察官は、この日のために招集されて、この地には不案内だ
ったのだろう。
 けど、知らないのなら知らないと言ってほしかった。