英語のガイド

 フランス人と東大寺春日大社を訪れ、夕方、猿沢池の辻で客引きしてい
る人力車のお兄さんがいたので、
「乗らなくて申し訳ないんですが」
 と断ってから、ただで見学できる古い町家を知っているか、訊ねた。
 フランス人にそこへ行きたいと言われても、スマホを持たない私は検索す
る術がないが、たぶん奈良町だろうと思ったのだ。
「あそこのことかも」
 行き方を教えてくれた。
 かなり歩いて着いたら、休館日。
 道を戻ると、同じような町家風の店がある。
 金平糖が売られているので、ここで作っているのかと聞いてから、町家が
休みで見学できなかったと話したら、もう一軒の方は水曜日が休みのはず、
と行き方を教えてくれる。
 私が、
「朝いきなりただで見られる町家に行きたいと言われても、わかるわけない
ですよね」
 と愚痴ると、そりゃそうだと三人の店員が三人とも笑ってくれて、私は心
が軽くなる。フランス語には訳さない。
 さて、二軒目に到着。
 私は、靴を脱ぐのが面倒で、うなぎの寝床風の通路の奥で花を生けている
女性係員に話しかけた。
「こんな所があるなんて知りませんでした」
 すると、なぜか好感を持ってもらえたようで、話し相手になってくれるし、
ほどなく、こんなことを打ち明けてくれた。
 以前、英語のガイドが客を連れて来た時に説明してあげようとしたら、
「あ、わかっています」
 と冷たく拒否されたそうな。
 で、引っ込んでいたら、近づいてきて、
「これはなんですか」
 と聞かれ、
「あんた、さっき、聞かんでもわかってるって言ったんちがうん。何がわか
ってたんって思いましたワ」
 これに懲りて、説明はここを読んでください、という日本語と英語の案内
パネルを、
「ほら、設置したんです」
 そして言う。
「知ったかぶりして、偉そうな口利いて、結局、自分で自分の首を絞めて。
ねえ」
 ほんとですよね。
 そして、私が気に入ってもらえたのは、この場所を知らなかったと正直に
言ったからだとわかった。
 自分が壁を築いたら、相手も壁を築く。あとで助けてほしくなっても、助
けてもらえない。自分で自分の首を絞めるとはそういうこと。
 でも、パネルを設置するに至ったということは、日本人に用はないという
態度のガイドが一人や二人ではなかったということなのだろう。
 言葉一つ、態度一つ、なのにな。
 私にとっては目の前の誰もが私の潜在的情報源になってくれる存在であり、
常に積極的に活用させてもらっている。