フランスで泊めてもらっている家庭で、食事のあと、
「小切手を切らなくては」
夫婦の会話が始まった。
私は黙って聞く。
翌日の結婚式に招待してくれた新郎への結婚祝いのことだと説明してくれ
た。
私も結婚式に出席し、そのまま新郎の両親宅に移る。
伝統的には新郎新婦がほしい物リストを作成し、招待客は自分の予算に見
合った物を選んで贈るが、新郎からは現金を望まれたとか。
結婚すると言っても子供が二人いるし新居も建てたので、足りない物はな
いのだろう。
後日、新郎が両親の家にやってきて、
「銀行口座を止められた」
と笑って告げた。
入金された金の出所がわかれば解除してくれると彼は平気な様子だが、母
親は激怒。
市役所、教会、アペリティフ。ここまでの招待客が百四十名ほどで、その
後の晩餐会にも出席するのはそのうち約半数。これらの人達からの祝い金の
合計が相当な額になったということだろう。
私からの祝い金は入っていない。
まずい。
でも、小切手を切るという夫婦の会話を聞いた時に私はどうしたらいいと
思うかと聞けなかったように、この時も私はどうしたらいいと聞けなかった。
彼らの話の腰を折ることになる。
ところで、小切手を切ったあの夫婦はいつ渡したのだろう。彼らが招待さ
れたのはアペリティフまでだった。
夜七時でも明るい中、おつまみを食べ酒を飲み立ち話に興じる人達。
バグパイプの生演奏に合わせて踊りの輪ができ、揺れる人の波。
しかし、誰かが小切手を手渡す場面は目撃しなかった。
晩餐会の建物のガラス窓に貼られている紙を見ている人がいたので、見に
行ったら、晩餐会の座席と名前が印刷された紙が貼られている。それは写真
に撮ったし、その下に設置されたテーブルの上に白をベースにした手作りの
小物が置かれ、自分達の手による結婚式という雰囲気が醸し出されているの
も撮った。
白い箱にはリボンが施され、開けられた蓋の内側にはハートの装飾。裁縫
箱だと思ったけれど、本体部分の真ん中に細い切れ込みがあって、むしろ募
金箱っぽい。
そう気づいたのは、帰国後、パソコン上で写真を見返した時だった。
ここに小切手や現金などを差し入れるのであったか。
でも盗まれる。
そんなことは起こり得ないと断言できるほどに田舎ということか。
真偽は不明だが、私が結婚祝いを渡さず帰国したのは明白。
結婚式の二日間に撮った写真五百枚ほどが私からの結婚祝いだったと思っ
てもらえていたらなあ。
うーん、自分に甘すぎる。