同じ部内の男性に関して、事務手続き上、上司の印鑑をもらわなけれ
ばならない書類が発生した。私が上司の機嫌の良さそうな時を見計らっ
て持ってくと、本人を呼べ、と言う。
で、本人にそう言ったら、「えーっ」と言い、「うーん」と唸る。
その書類に判子を押してもらうことが、もしかしたら将来自分の得に
なるかもしれないというのに、何を尻込みする必要がある。
そう諭して行かせたら、何箇所か訂正を指示された、と戻ってきて口
を尖らせた。
確かに、彼が敬遠したがるこの上司、かなり癖がある。
生身の人間を前にするとおどおどしてまともに喋れないせいか、ほと
んどすべての用をメールで済ませるのだが、人に意見したりミスを咎め
たりする時もそう。それもCCにて本人以外にも言いふらす行為に出る。
彼より立場が上でも関係なし。
私も、初めてその歯牙にかかった時には、眠れないほど落ち込んだ。
明らかに彼の勘違いによる批難に対しては論理立てて反証するメールを
返すことになるけれど、彼と同じ土俵で、無関係な人間まで巻き込む闘
いに応戦させられることに、止めどなく気力が萎える。
まあ、一事が万事で、なるべくなら関わり合いたくないというのが全
員の暗黙なる統一見解となっている。
しかし、少なくとも今回の訂正の指摘は、彼に理があった。書類は、
ミスを誘発しないよう厳正を期すのが当然だからである。
私が噛み砕いて説明すると、納得し、書き直して持っていった。
ところが、続いて似たような書類の二通目が発生すると、「僕にはこ
れが限度です。人間的に尊敬できない人に、そこまではできない」と判
子をもらうより取り下げる方を選んでしまった。
彼は、本気で、尊敬できる人間とだけ仕事ができると信じているのだ
ろうか。大卒したては甘ちゃんなんだなあ。
だが、彼も、早晩、現実に目覚めるであろう。
その時、どうするか。
過程にこだわらず、ほしい結果が手に入ればよしとする、というのが
私が得た解決法だ。
契約を取るのが目標なら、取れたら○。倫理に反する無理難題を吹っ
かけられたりすれば別だが、そうでないなら、反吐が出そうな担当者で
も、表面上迎合しておき、心の中で藁人形に釘を刺しまくればよい。
そして、そういう時のためにも、私生活のあちこちに、心洗われる友
情を配置しておくのだ。