無から有は生じない

 前回も、私なりに正確さを期して単語を選び、書いたつもりだが、使
った単語を、私が思っているような意味で理解してもらえただろうかと、
ふと気になり、辞書で調べた。
「正しい」。
 これは、「道理に叶っている、事実に合っている、正確であること」
とあり、大丈夫だ。
 次は「精神」。
 私は、肉体に宿るもの、という意味で、魂、と書こうか迷って、精神
と書いたが、もしそういう意味で読んでもらえなかったら、意味がおか
しくなる。
 幸い、古い広辞苑には真っ先に「(物質・肉体に対して)心、たまし
い」とあるし、インターネットで調べたら、二つ目になるが「物質に対
し、人間を含む生命一般の原理とみなされた霊魂、たましい」とあり、
やはり安堵である。でも、「心の働き」という意味もあるからなあ。書
いてから不安になったのは、まさしく、こちらの意味の方が良く使われ
る気がしてきたからなのだ。
 それから、「無から有は生じない」、
 これは、地球が丸いというぐらい自明の理だ、というような書き方を
したけれど、実は、しっかり腑に落ちて理解できている、とは言いがた
い。
 以前、台所の棚の扉の外に、五ミリほどの、ころんと半円形の黒い物
体が点々と付いているのを見つけて、青ざめた。
 虫だ。
 幸い、キャツらは、ほとんど動かず扉に張り付いていて、触れば、ぽ
ろんと落ちるので、全部駆除してから、一体どこが出所だ、とこわごわ
扉を開けたら、ああ・・・。
 小豆だ。
 そのうち甘く煮て食べるつもりで買ったはいいが、封を開けもせず、
棚の中に放置してあった。その密封空間でキャツらは誕生し、袋を突き
破って出てくる強者まで現われたらしい。
 虫が湧く。
 ね。な〜んにもない所からでも生命が生まれるじゃん。
 そう思っていた。
 だが、もともと卵が生み付けられていたか、一瞬の隙を見つけて成虫
が卵を産み付けたか、なんにせよ、生物は無から自然発生しない、と説
明されると、それでも異を唱えるのは、地球は平らだ、大きな象が下か
ら地球を支えている、と言い張るのと同じ愚になると思い、納得したが、
卵は、卵として存在する前は無ではなかったのか、と思いたくなる私は
いる。やはり、生の開始前への疑問である。
 それ以外なら、人が発見する物は、すでにこの世にある物だし、人が
作る物は、すでに存在する物を利用して作るから、理解できる。
 あ、でも、発見や発明の原動力となる「思考」は目に見えない。
 思考は、無から有を生み出すのではないか。
 違うなあ・・・。