すごいぜ、香川照之

 年末三十一日の朝、新聞の番組欄に「すごいのは昆虫なのか? 香川
照之なのか?」という番組紹介の言葉。
 この手のキャプションに感謝を覚えたのは初めてである。
 遅い朝食を食べつつ、テレビを付けた。
 NHK Eテレ『香川照之の昆虫すごいぜ!』の去年の放送が一挙に
再放送されるらしい。
 食べ終わっても、皿洗いと朝の洗顔は十一時の番組終了まで断念する
ことにした。
 香川照之
 番組のロケ先で、捕まえる目標の昆虫は決まっているのに、草が揺れ
たら体が条件反射して、その虫を捕まえずにいられない。捕まえたら、
満面の笑顔。
 そこでハッとテレビ出演者の顔に戻り、その昆虫の名前や雌雄の別、
その見分け方などを語ってくれる。
 草むらをかき分け昆虫を追いかけるのが大好きだった少年の、その情
熱の火が大人になっても消えないこともある、と目の当たりにさせられ
て、初め、冷めた目で見ていたはずが、いつの間にか、そこまで虫に夢
中になれる彼を羨ましく、また微笑ましく見守っている自分自身に気づ
かされる。
 次は彼がどんな虫をどう捕まえ、何を語るのか。
 ずっと彼の言動を追っていたくなる。
 人を動かす極意って、こういうことなんだろうな。
 しかも、香川は、四十年ぶりで再会を果たしたタガメでも、見惚れ、
観察して、納得したあとは逃がしてやる。それがまた、なんとも粋で。
 同じ昆虫好きでも、コレクターの場合は、経済的な価値観が全面に出
てくるところに臭みがある。
 カブトムシは何を食べているかと出演者の子供に聞き、
「昆虫ゼリー」
 と答えが返ってくると、カマキリのぬいぐるみのまま、ガクッと床に
倒れ込む香川。
 失意をうまく笑いに転換する技は、さすが、役者だし。
 飛ぶ蝶を捕まえようと網を振るが逃げられると、
「初動の動きが鈍くなった」と自身の老化を嘆くは、「俺、老眼なんだ
よね」とぼやくはで、弱みも見せてくれるから、その人柄にますます惚
れる。
 しかし、もっとも魅了されるのは、昆虫を通じて見ている彼の世界観
だ。
 別の番組であったが、彼は、昆虫の方が婚姻関係も社会生活も人間よ
りも早くから始めていて、人間の祖先といってもいいぐらいだ、と声を
大にして述べた。
 年明け早々の『特別編 マレーシアへ行く』では、この地の昆虫がみ
な色鮮やかで大きいことに、やっぱり土地が昆虫を作るんだなあと感心
していた。
 一言一言の裏に、命ある生き物として昆虫を敬う気持ちが透けて見え
る。
 人は言葉。
 語る言葉にその人が表われる。
 改めてそう思わせられた。