ブーム

 家電量販店でiMacを見ていたら、MacBookにビリーが吸い寄せられ
てきた。
 「ビリーズ・ブートキャンプ」のビリー。
 横顔しか見えないけれど、なぜかこんな場所でもトレーナーの上下だ
もの、絶対、彼のはず。
「ビリー?」
 声をかけたら、振り向く彼。
 正解。
 芸人に自宅まで押しかけられたテレビ番組、見ましたよ、と言うと、
手を差し出されたので握手するが、携帯で彼の写真を撮る、あるいは一
緒に写真に収まってもらう、なんてミーハーな行為に出られない私とあ
れば、ビリーとの遭遇を、後日、友人知人に伝える手だては言葉のみ。
 家庭教師先の中学生は、気がなさそうに耳を傾けているだけだったの
が、「で、私が話しかけたら」と言った途端、「ええっ、話しかけたぁ
〜? なんでェ〜」と声が裏返り、無断で写真を撮るより厚かましい行
為のごとく、難詰の口調。
 働く主婦の人達のあいだでは、「実は、私、DVDを持っている」
コアリズムも持っている」と彼女達の打ち明け話が始まり、この人達
まで買っていたのなら、そりゃあ、大ヒットになるわけだ。
 私は、元が取れるほどDVDを活用できるのかに自信が持てなくて見
送ったんだけど。
 もっとも、彼女達は、家族に内緒で買ったところが、一本目のDVD
を見てギブアップし、隠していたら、大掃除の時に家族に見つかって馬
鹿にされたとか、たまに大学生の子供達がやっている、とみな等しく挫
折していて、私、早まらなくてよかったみたい。
 コアリズムのDVDを貸してもらい、全部見て、思った。やっぱり、
早まらなくてよかった。
 生身の先生に、毎回、褒められたり励まされたりしないと当初の意欲
はたちまち腰砕けになりそうなのだ。
 さて、今のブームは、ヴァン・クライバーン国際ピアノコンクールで
優勝した辻井伸行だろうか。
 私は三歳からピアノを習ったが、女の子のたしなみの域を出ないどこ
ろか、高度なピアノ曲になればなるほど、どんなに一流のプロが弾いて
も、神経症のように切羽詰まった音楽に聞こえてしまい、管弦楽のCD
などは持っていても、ピアノのは一枚もない。
 でも、盲目のピアニストなら特に耳が鋭そうだし、彼自身が作曲もす
ると知ると、私でもゆったり音に身を委ねられる優しくて温かな曲を聞
かせてもらえそうな気がする。
 実際、パソコン上で試聴して、そう予感できたので、一枚予約。
 良かったら、フランスの知り合いに一枚贈って、自慢しよう。