涙は突然

 今回の旅行中、不覚にも一度泣いた。
 誤魔化そうとしたが、友がテーブルを回ってきて、私の頬に頬を当て、
「どうして泣くの」
 私にプレゼントをくれたりするから。
 心の中で私は答える。
 ブルターニュのシンボル、トリスケル柄のペンダントトップ。
 見ていた彼女の夫は、棚からティーカップを取り出し、私に差し出す。
 同じくトリスケル柄。
 これにて私の涙腺は崩壊した。
 大泣きはしないけど。
 彼らと知り合って長いが、家に泊めてもらうのは初めてだった。
 ここがあなたの部屋ね、シャワーとトイレはここ、まだ寒いから暖房を付
けておくわ。シャワーが終わったら、こうやって切っておいてね。タオルは
ここ・・・。
 友が説明してくれるのを、そうしてくれて当然、と私は聞いていた。
 だって、泊めてもらうと決まったのに、家に着いた途端恐縮して見せるの
は、まさしくそう見せたいだけの作為が白々しいし、それで私の感謝の気持
ちが伝わるわけではないからだ。
 その着いた日の夕方、
「博物館はあと一時間で閉館になるわ、どうしたい」
 と聞かれた時も私は厚かましかった。
 じゃあ、博物館は明日にして、今から古い知り合いに会いに行きたい、と
私は言ったのだ。
 着いたその日にその家族以外の人に会いに行きたいなんて、さすがに失礼
かも、と思ったけれど、一日のスケジュールを決めるのは私を泊めてくれる
家庭なので、希望があるなら伝えておかないと検討してももらえないからだ。
 友がその人に電話してくれ、一緒に会いに行った。道を挟んだ斜め向かい
の家。
 昔、この地に住んでいた時、その人の家に招かれたことがあるが、車で送
り迎えしてもらったので、友と隣人同士だとは知らなかった。
 ほかの知人の家も徒歩圏内というので、さらに二軒訪(おと)なって、帰
宅したら夜の九時。まだ日は高く、時間の感覚が狂わされたせいもあるが、
その時刻からの夕食にさせてしまい、さすがにしたい放題しすぎじゃないの、
私。
 でも、恐縮しない。
 ところが翌日、この家に昼食に招かれた客の来訪を待つあいだにプレゼン
トを渡されると、私は青ざめた。
 泊めてもらう私が彼らに手土産を渡したのは、それは当たり前。
 けど、これは約束違反。ここまで私にしてくれるのは、やり過ぎ。
 私はそんな気持ちになったのだと思う。
 そこへ、ようやく来客が到着。
「僕らが着くのが遅れたから、泣いているのですか」
 私の目はまだ赤かったらしい。