気難しいのか正当か

 ヘアサロンに行った。シャンプーなしでカットしてもらうだけなので、
もっとも店の売上げに貢献しない客である。しかし、滞在時間も最短だ
から、時間単価から見れば、案外、上客かも。
 私は、カットが始まると、雑誌を閉じて、鏡の中にじっと見入る。指
先のマジシャンに対する純粋なる興味であり、話しかけてほしくてそう
しているわけではない。が、そこのところが察せない人も多く、今回の
担当者もそうだった。開口一番、「雨が降ると、洗濯物が乾かなくて困
りますよねえ」。
 私はげんなりする。せっかく美しくなりに来ている場所で、なんで、
そんな所帯じみた会話なのサ。しかし、年配客を相手に盛り上がってい
る席では、担当者が「うちの主人が」などと私生活が滲み出る会話で客
を楽しませている。楽しめない私の方がおかしいのか。
 バスでたった五分だが、以前住んでいた地区はオフィス街の中心でも
あり、そちらの駅前店は店の作りからして違っていた。ということは、
普段着の主婦層相手の店でおしゃれな会話を望むこと自体が無謀という
意見もあり得るか。
 私が積極的に話に乗ってこないと知るや、彼女は、自分で質問して、
自分で回答する道を歩み始めた。で、なぜか、五本指ソックスの話にな
った。「買わなくても、見ているだけでも、気が晴れますよね」。ちょ
うど五本指ソックスを履いていた私は、なんとも反応のしようがない。
 髪を切った後、さっと洗い流すために洗髪台に移ったら、担当の若い
見習いの子が、目ざとく私の足元を見て、「五本指ソックスですね」。
すると、背後からもう一人が近寄ってきて、「やっぱり履き心地はいい
ですか。足に良いって聞きますよね」と私の顔の上に薄い布が置かれて
視野が塞がれるまで、いっとき和やかな会話となった。この程度のさり
げない会話だったら、私も大歓迎なのだ。
 私が担当者の指名をしないのは、誰が担当でも技術力に差はないはず
でしょう、との思いからだったが、会話力で選ぶのが指名の王道なのか
も。
 この店には私の好きな人がいて、彼女は、初めに申し訳に話をしかけ
たあとは、黙々とカットに専念する人だった。だが、姿が見えない。こ
のところずっと見ないということは、別の支店に人事異動にでもなった
のかなあ。
 ところで、敢えて沈黙していたのに、支払い後の私を見送る際、「う
わあ。五本指ソックス、履いていらしたんですね」と恐縮されてしまっ
た。
 ま、指先が見え見えのサンダルだもの。仕方ないよね。