パリ懺悔(ざんげ)

 馴染みの店で支払いをしていると、隣の店員がショーウィンドーの上
でアダプターを見せつつ、外人客に「normal」と言っている。しかし、
自分自身の英語をまどろっこしく感じているようなのと、客が「in
France」と答えるのが聞こえたので、商品を受け取ってから、「フラン
スの人ですか」と話しかけた。
「違うが、フランス語と英語が話せる」。
 であれば英語で話した方が店員にも内容がわかって親切だ。けれども、
どちらでも良いとなると、話しなれた言葉を選択するのが人の常。私も
そうしてしまった。客の意向を聞き、店員に説明し、折り返し店員の説
明を訳しつつ、通訳の対象としない私的な会話も紛れ込ませる。
 その会話の第一声は、客からの「中国人ですか」という質問だった。
このひと言により、この人が、フランスの国情に沿って私を理解しよう
としたことがわかる。フランスに住むアジア人は中国人が圧倒的に多い
のだ。
 客は無事目的を達成し、私は久しぶりにフランス語が喋れて満足。
 しかし、客が購入しようとしたのがアダプターだったことから、パリ
を経つ前の私の行状が遠い過去から甦ってきた。
 住まいを引き払って帰国する時、大抵の日本人は日本語新聞に無料広
告を出したりして、不要になる物を処分する。私もそうしたのだが、売
りさばこうとする中にアダプターがあった。
 長年役立ってくれたアダプター。けれども、いつかの時点で断線が起
こったらしく、普通にコンセントに差し込んだだけでは使えない。私は、
それを黙って、日本人女性に売りつけたのだ。
 広告を出すと実に様々な人がコンタクトを取ってきて、パリの日本人
事情が垣間見られるが、一人一人のバックグラウンドを直接本人に問い
ただしたりしない。よって、この人が、たぶん、夫の赴任に付いてきた
のだろうと判断したのは、私の勝手な想像である。
 フランス語が不案内そうな相手に考慮し、間違いなく落ち合える地下
鉄の構内を指定し、ベンチに座って“ブツ”を手渡し、代金を受け取り、
別れるまで約2分。私は使い方のコツを伝授せずに去った。
 クレームの電話はかかってこなかった。
 悪い日本人にひっかかったと諦めたのかなあ。
 安値に飛びついた自分自身を悔やんだのか。
 旦那さんに叱られなかったらいいんだけど……。
 以来、アダプターを見ると、記憶の底からこの一件が甦ってくる。