プラスマイナス0

 パリで、中で断線した変換アダプターを捨て値で売りつけた記憶が正
しかったかどうか、当時の帰国売り一覧で確かめてみたら、日本円にし
て約1,000円で売っていた。安いと言っていいのかなあ……。
 売りさばいた中で一番安かったのは茶漉しの40円。
 次が2個80円のタッパーウェアで、これについては今でも覚えている。
初め、もう少し高い値段を吹っかけのだが、女の子が深く逡巡した。私
はたかが80円で、とびっくりしたあと、収入の道なく異国に住む人の
経済的厳しさに触れた気がして、「1個でいいです」と言うのを、値段
を下げて2個とも渡したのだ。
 帰国売りは、彼女のような人ばかりが買いにくると思っていた。
 しかし、私は、一時的滞在者にすぎない我が身を見越し、クローゼッ
トとベッドのマットレス以外に金をかけず、勉強机は四本足がひ弱で若
干ぐらつく代物だったのに、現地で何か商売をしているらしい家族が来
て、そこの息子がほしがり、椅子、木製本棚と共に持ち帰った。
 大皿小皿、鍋、ナイフ、スプーンのたぐい一式はどれもスーパーマー
ケットで買ったのだが、年配のビジネスマンが2,000円ほどでごっそり
引き取った。
 皿洗い後のプラスティック製水切り籠はまさか引き取り手はないだろ
うと思っていたら、夫が先に帰国したが子供の学校の都合で自分はまだ
少しここに残るという女性が、迷いに迷った末、200円で購入した。
 ほとんど売れてから現われたビジネスマンに他に何かないかと問われ、
仕方なくペアのイギリス製ティーカップを出してきたら、「もうすぐ妻
が来るんですよね」とにこにこ嬉しそうに所望され、泣きの涙でそれを
手放した時だけは彼の審美眼を評価したけれど、これとて朝市で見つけ
たもの。特別の才能などなくても、現物を見て、金を出せば手に入る。
 店に探しに行くのが面倒臭い、という人達なのだろうか。
 そんな彼らもテレビだけは妥協しない。日本の放送が受信できなくて
は心動かされない。
 おかげで、もし、ドイツから流れてきたという自称画家が引き取って
くれなければ、私のテレビは行き場に困るところだった。
 大いに買い叩かれたが、そういうことで稼ぐ気もないので、「はいは
い」と私。
 でも、帰国売りの総収入が日本に送る荷物の輸送費と綺麗に同額にな
り、魔法にかかった気分で、それ以上望むことはなかったのである。