もらい上手?

 去年申し訳に一度しか着なかった黒のダウンコートを、毎日着ている。
お気に入りのラベンダー色のはハーフ丈なので、膝が寒いのだ。
 恭子さんに見てほしいなあ。
 恭子さんはマンションの最上階に住む女性で、会社経営者だった旦那
と死に別れ、ここが建って、移ってきた。
 入居後ほどなく、宅配ボックスからミネラルウォーターのケースをよ
っこらせと引きずっているのに手を貸してあげて、言葉を交わすように
なった。別れる間際はいつも、「今度、うちに遊びにきてねえ〜」。そ
れが、去年の冬の終わりに本当に招待された。
 70歳に手が届こうかという年齢にしては大柄の彼女が、通販でダウ
ンコートを買ったら、ちょっと扱いづらく、私なら背丈もあるし着ても
らえると閃いたのだとか。 
 一度も袖を通していないからね。住友商事の物だから商品は悪くない
はずだからね。
 黒という色は、それが美しく引き立つためには、着る人を選ぶ。私が
着ると顔色がくすみ、幾つか選択肢があるなら早々に消される運命にあ
る。面積の大きいコートの場合はノミネートもされない。
 それでも、せっかくもらったことではあるし、本当に寒くなったら着
るつもりでいた。
 ほうらね。今年は、こんなに重宝してくれていますよお。
「人から物をもらって」と私の厚かましさというか節操のなさに鼻白ん
でいた母も「もらって、よかったやん」と言うことが180度変わった。
 ただし、母は、サイズが合わないなどと言っては、自分のために買っ
た服を私に譲ろうとし、私は「こういうのを着たら、美意識が疑われる」
と怒りつつ、捨てるに忍びなくて家の中や近所への買い物に着用すると、
私が“着ている”事実により、一層、間違った善意の押しつけにいそし
む人だったから、素直には頷けない。
 もう、本当に、これ以上はいらないからね。
 賞味期限が間近に迫ったお菓子や、買って随分経つみかんを捨てよう
とするのは「もったいない」と全部引き受ける私でも、ファッションセ
ンスに胃袋同様のタフさはないのである。
 いや、現実を見ると、あることになってしまうか……。