天下の回り物

 黒いストッキングを履いたつもりが、黒の水玉入りだった。履き替え
ればすむのだが、それは面倒。ならば、今日もパンツにすればよい。で
も、それは嫌。だって、ひと冬中ず〜っとパンツばかりで、おしゃれ心
がふやけ果て、今日こそはスカート、と決めていたんだもの。ま、水玉
と言っても地の黒が濃いので、よくよく見ないとわからないだろう、と
予定していた膝上丈の黒のフレアスカートを履く。
 おととしのクリスマス直前、スーパーマーケットの四階の通路の真ん
中に紙袋がぽつんと落ちていた。周りに誰もいない。私は戸惑いつつ、
それを持って母のもとに行き、一緒に中をのぞいて白い薄紙に何やら黒
っぽい商品がくるまれているのを確認すると、この時ばかりは私達の間
に意見の相違はなく、二人して、その場を離れた。私の手にはしっかり
紙袋。
 なぜって、スーパーでは取り扱っていないブランドだったし、落とし
主がここまで辿り着く確率は低く、だとしたら、持ってこられても店が
困る、と踏んだのだ。
 サイズ38(9号)。上着だったら肩幅のある私には着られなかった
が、スカートである。
 ミラ・ショーンのブルー・レーベルなので、買ったのは若い女性だっ
たんだろうな。パーティ仕様のベルベット素材からは、彼と過ごすクリ
スマス用だったと推察される。
 パリにいた時、小雨の中、歩き疲れて空腹で、でもシャンゼリゼ通り
に安い店はなく、男友達と急ぎ足でいると、傘を差したカップルが私の
目を真っ直ぐ見つめて近づいてきた。道でも聞きたい日本人観光客かと
思ったら、英語。通りの向こう側のルイ・ヴィトン本店で男物と女物の
バッグを一つずつ買ってきてほしいと言う。
 日本円にして約50万円ほどが手渡された。
 一般客には一人に一ヶ月一個の販売ルールがあるらしく、パスポート
を提示させられたりして時間がかかり、空腹は限界。お礼は笑顔のみ。
 こんなことならお金を持ってとんずらすればよかった。
 それもありだな、とは、店に入る前に頭をよぎっていた。
 実行に移さなかったのは、たかが50万円、人様のカネで、私の今後
の人生を狂わされたりしたくなかったからだ。 
 その代わり、これは神様への貸し。
 素敵な落とし物が差し出されると、“誠実だった私へのご褒美”と受
け取める私には、こういう背景があるのだ。