ないものを数えるな

 まったく共時性というのはいたるところにあるもので、株の本を手に
取ったら、そのしょっぱなに「三大依存症が利益を阻害」とあり、「そ
の1。他人依存症。自分に自信がないことが原因でかかる。自分に自信
がもてないのは、儲けられない決定的な要因。“信じる者”と書いて、
“儲ける”。自分を信じることがでければ、儲けることはできません」
と書かれていた。
 株の本でまで“自信”に言及されることになるとはねえ。
 自信のある人は、人と自分を比較しない。自分は自分、と自分自身が
確立しているからだ。しかし、中途半端に自信がある人達には、共通し
た落とし穴が待ち受けているような気がする。
 英語が好きで、短期留学もし、英語を仕事にしている知り合いが「友
達がアメリカ人と結婚することになった」と不機嫌そうに口を尖らせた。
 私は「ふーん」と言ったあと、「何がそんなに気に入らないの」と聞
いた。「アメリカ人と結婚するのが、自分じゃなくて友達だってこと? 
それとも、そのアメリカ人はあなたの恋人だったの?」
 すると彼女は、「あんな相手は私の趣味じゃありません」と語気強く
言い切り、ハッとなって、友達を羨ましがる理由のなさに気がついた。
 フランス人の知り合いは、私の友達が世界的に名の知れた人物の事務
所で働いていると聞いて「うっそーっ」と叫んだが、そのうろたえ方は
見ていてあさましいほどだった。
 もし、そんなところで雇ってもらえるとしたら、それは自分自身であ
るべきなのに、と意味不明の自信が透けてみえる。
 それは、少し前までの私の反応でもあった。
 親友が長所を褒められた時に、普段の彼女と私の関係からは考えられ
ぬ露骨に侮蔑的な言葉が私の口から滑り出たのだ。ただ、「どうして、
そんな風に言うの」と不思議そうに聞き返されたおかげで、彼女を否定
することで私自身の価値を高めようとしていた愚かしさを自覚でき、こ
の迷路に迷い込む一歩手前で引き返せるようになった。
「なくしたものを数えるな」は、進行性筋ジストロフィーで首から下の
機能をなくしつつ、介護医療の会社を成功させている春山満の口癖だが、
凡人は、もともと自分にないものまで、ないのはおかしい、と厚かまし
く考えたりしてしまうものなのである。
 だから、「ないものも数えるな」。
 そして、驕(おご)らず、休まず、焦らず、前進できたらいいなと思
う。