悪魔の囁き

 職場のその女性は、もともと一般ピープルとしては普通の体型だった
のだが、久しぶりに階段ですれ違ったら、下へ降りる角度で見たせいか
もしれないけれど、頬から顎にかけての線がシャープになって、別人の
よう。
 昼食を、彼女と親しい女性達と食べたので、感想を述べてみた。する
と、みんなも同意見。
 昔はもっと太ってたんだけどね。その「もっと」を私が正しく想像で
きていないとみた一人は、携帯に保存してあった写真を見せてくれた。
 旅行先の東南アジアの市場で、目の前の彼女と一緒に写っているのだ
が、“市場のおねえちゃん”と言いたいような貫禄。顔の輪郭が違うし、
おなかはぷっくり。私は、魅入られたように、何度も携帯を開け閉めせ
ずにはいられない。
 彼女とは小学校からの知り合いで、「あのコは昔から太っていた」。
であるならば、そういう体質なんだとあきらめることもできただろうに。
 それが、なぜか痩せようと一念発起すると、毎朝、一駅前で降りて職
場まで歩くことにしたそうな。しかも、専用の服を着用し、職場につい
てから着替えるリキの入れようだったとか。
 そして食事制限。今はもうしていないが、胃が小さくなってしまった
とかで、小食の同僚ですら驚くほどしか口にしないのに、「もうお腹い
っぱい」ですって。
 19号とかそれ以上のキングサイズだったのが7号になるまでにどれ
ほど服代がかかっただろう、とケチくさいことを思ったが、「そのため
の出費は嬉しかったと思う」とたしなめられると、続いて、いくら運動
と両立させたと言っても、極端から極端すぎて、骨密度に影響はないの
か、と別の心配が浮かんでくる。
 そして、「もし好きになった人から“太めがいい”って言われたら、
どうするんだろ」と発言したら、「そんなことを言う人を好きになるわ
けがない」と総スカンを食らった。
 彼女のためを装った心配は、新たな目標を目指す彼女に「今のままが
一番よ」と囁き、足を引っ張る以外の何ものでもなかった。変化の途中
には必ずそういう人間が現われる、と知っている私自身がそう発想して
しまっただなんて。
 トーマス・エジソンは言った。「無理だと思う人は、やっている人の
邪魔をしてはいけない」
 せめてもの救いは、本人に面と向かって言う機会がなかったことだろ
うか。トホホ。