上に向かって心を開く

 日本のコンビニ事情を研究しようと来日したアメリカ人が、1ヶ月間
コンビニ弁当を食べ続けたあと、寿司屋のカウンターで寿司職人が握っ
てくれるのを見ながら食べる喜びを噛みしめたという話だったが、そう
だろうなあ、と思う。
 包丁でトントンと切る音、漂ってくる匂い。
 愛情とは、誰かが自分のために時間を割いてくれる物理的時間によっ
て計られるという意味がとてもよくわかるのが料理だ。
 その筆頭は、私の中では、母のおにぎりである。
 私は、学生時代は勉強さえしていればよいと育てられた娘で、料理に
目覚めたのは社会人になってからだったが、もし母と娘がキッチンに並
んで立ち、母の味を受け継ぐのが理想の光景だとしたら、そんなものは
蹴飛ばし、独学で技術を習得した。今、私が夕食担当の日には、歳を取
って味覚が偏屈になり始めたせいか、好き嫌いの多い親の口に合うもの
を工夫するまでになっている。
 そんな私は、おにぎりなんてお茶の子さいさい。
 でも、作らない。たぶん、母が生きている限り、私は作らないだろう。
そして、人々がコンビニのおにぎりを頬張っている横で、母に作っても
らったおにぎりを頬張るのだ。
 ところで、料理に関して、私が母に教えを乞いたくなかったのは、上
の世代に対する青い高慢ちきだったのかなあ。
 知人の中年男性が転職することになり、数社から内定をもらった時点
で自分と妻の父親に相談し、一流企業ではなくベンチャー企業を選んだ
と聞いた私は、親世代の意見に耳を貸したことに驚いたら、「だって、
僕なんかよりずっと世の中を見てきた人達なんだから」と事もなげに言
われ、私が料理上手になれたのは、その分野はたまたま本やテレビの側
面援助部隊が充実していたのと、日頃から母の立ち姿を見て目で学んで
いたことが多かったおかげと気がついた。
 でも、私のように、友達の言葉は素直に聞けても、上の世代には耳を
塞ぐ人達は多いんだろうな。で、冬でもないのにブーツを履いて水虫に
なると、仲間内に伝わる間違った対処法で症状を悪化させる。あるいは、
この子がそうすると完食するからと、御飯にアイスクリームをのせて食
べる我が子の味覚に不安を抱く代わりに、許容する。
 それにしても、四歳前までおしゃぶりを使わせ、子供の顎が変形した
とおしゃぶり販売会社に約一千万円の損害賠償訴訟を起こした親には、
おしゃぶりの使い方について正しい意見を述べてくれる友達や親はいな
かったのだろうか。