聞きしにまさる重曹

 友達が、アルバイト先で、掃除はショーウィンドーの隅など人目に付
かない所まで拭き掃除しないと本当に綺麗になったことにはならないと
教えられたという。
 確かに、そこに足を踏み入れた瞬間、「ああ、清潔」と感じることも
あれば、なんとなく空気が淀んで感じられることもある。ところが、部
屋の四隅に目を走らせても、埃はない。錯覚なのかなあ、と不安になる。
 家の中で、どう見ても「埃!」と見えるものが視界に入っても、こと
さら不快になったり落ち着かなくなったりしないので、人の五感はかく
も鈍感なのだと思っていたら、単に “見慣れる”行為で神経が麻痺させ
られていただけなのね。
 キッチンの換気扇フィルターを交換することにした。
 ちょっと気が重い。
 普段、たいした掃除もしない私だが、するとなったら“男の料理”なら
ぬ “男の掃除”体質となり、ついでに換気扇の本体内側の油汚れも取り
たくなるが、これが、すっきり綺麗にできた試しがないのである。
 放っておけば、母が、私との根比べに負けてくれる・・・ことは期待
できまい。このマンションの換気扇は大がかりな装置のようで、しかも
高い位置にあり、引っ越ししてきて以降、母は、その存在を完全に無視
しきる方法で、私への任務委譲を果たした気になっている。
 と、本屋で、重曹クエン酸を使う掃除の本に遭遇した。
 人体に無害なら試して損はなさそうだし、クエン酸は純米酢で代用で
きるから、出費は重曹のみ。安い。
 早速やってみた。すると、あんなに取れなかった油汚れがすーっと消
えた。
 店先で洗剤の説明書きを読んでも、使って大丈夫かどうかわからず、
掃除機しかかけなかったら、このところ急に汚れが目立ち始めた洗面所
の床の黒ずみにも、あっけなく勝利。
 手をこまぬいてきた今日までの日々が悔やまれるが、一年後でなく、
今、出会えたと考えれば、悪くはない。
 続いて、獲物を狙う私の目はトイレに向かうが、生まれて初めてのト
イレ掃除も、私がするとなれば、天井から壁から便器の外から、はいつ
くばらないと手が届かない便器の後ろに溜まった埃まで目こぼしはしな
い。
 ただ、体はあとでシャワーを浴びればよいとして、服は、洗濯しても
取り切れない黴(ばい)菌が繊維の奥まで染み付く感覚が拭い去れない。
 そこで、一人きりの日に、パンツ一丁というあられもない姿になって
取り組んだ。
 翌日からは長袖の季節。
 絶妙のタイミングだった。