野菜スライサー

 2006東京国際女子マラソン土佐礼子が初優勝を果たしたが、彼女が、
これまで悩まされてきた足の故障から解放され、調整が順調に進むよう
になったのは、同じ陸上選手の先輩だった夫から歯の矯正をアドバイス
されて以降だとか。
 噛み合わせが良くなると身体のバランスも整う。
 そのとおりの結果を目の当たりにして、私は、なるほど、と思った。
 人は、つい、今より上を目指すのだ、という志向になりやすいが、そ
れが有効となるのは、今が、正でも負でもないニュートラルの状態にあ
ってこそ。それも、一見、全然関係がないように見えるところまで視野
に入れての土台がニュートラルであることが大切なのだ。
 応用に先走る前に、まずは基本。
 包丁一本で事足りるのを、手を抜こうとした私が悪かったのか。
 きのう、私は、買ったばかりのスライサーで、キャベツをスライスし
ていて、右手の親指をスライスした。
 トンカツ屋では、トンカツ一切れを何倍ものキャベツの千切りでくる
んで食べられる。お代わり自由でお代わりして、もうトンカツがなくな
っても、まだお代わりしたいぐらい。
 ところが、私は、包丁であの細さに切ることができない。で、閃いて、
フランスから文化移入した皮むき用ピーラーを使ってみたら、いけそう
な雰囲気。もっと幅広のピーラーなら絶対いける、と売り場に行ったら、
な〜んだ、売ってるじゃない。
 ところが、キャベツはどんなにしっかり葉が巻いていても、じゃがい
もや人参とは違う。ピーラーでは手元不安定なのではないか。
 自分の能力を過信しない私は、もう少し探してみたら、大根のおろし
金に似た形の千切り専用スライサーを見つけた。
 スライスの厚みが変えられる特許申請中のもの。乳白色の刃は、柔ら
かいシリコン素材のゴムべら“スパチュラ”のように見えても、切っ先鋭
利なセラミック製なので要注意。
 そう、「絶対手を切らないように」と注意書きはあった。が、まだ刃
先まで距離がある、と思っていたら、親指は至近距離まで接近していた
のだ。
 キッチンは血の海と化し、おもわず「気違いに刃物」という諺が思い
出される。
 フランスの林間学校で、八十人分のじゃがいもの皮をむく苦役から逃
れようと、心を想像の世界に飛ばしていたら、ピーラーで指を切ったよ
うな私なのだ。それに、去年は、カボチャの皮をむいている最中、包丁
で左手の親指も切った。
 基本も駄目、応用も駄目ってか。落ち込むなあ。