出会うべき人

 私が初めてフランスに滞在した際、私を通じて日本に興味を持ち、以
来、日本語を学び、日本に来ることを夢見ていたフランス人が、夢を実
現して日本に来ているのだが、彼女の進路の手助けにずいぶん時間を取
られた。
 別に私に義務はない。
 だが、私の脳裏には、フランスで人々がよくしてくれた記憶が残って
いる。それは、東洋人への興味とか外国人への親切を通り越し、無償の
愛とでも呼びたいくらい出し惜しみなくて、たっぷりと温かいものだっ
た。ところが、私は、そうされて当然と受け止めるほど傲慢ではないま
でも、それがどんなに恵まれたことかに気づけるだけの能力も、また、
なかった。
 しかし、私の心に落ち葉のように折り重なった愛の記憶は、時と共に
朽ちて綯(な)い交ぜになり、私の心を少しはましなものにしてくれた
ように思う。あの頃、そうしてもらえて幸せだった私。もし、いつか私
がそうする側に立つような機会が訪れるなら、彼らを見倣い、私もそう
できるだろう。そうしよう。
 ただ、そのために〃知人力〃を頼るのは、本当は嫌だった。仕事上の
無理な頼みは、その埋め合わせも仕事で返せるけれど、そうはいかない
ことだったからだ。頼まれた相手はさぞや迷惑だろう。でも、そうも言
っていられない状況になり、私は、これが最初で最後、と知人に片っ端
から頼み込んだ。
 求める条件がフランス社会を常識とした内容であるだけに、なかなか
すんなりいかない。彼女は焦るし落ち込む。
 私は、一番最初に当たって即断られた私の元職場に再度当たってみた。
今度は女の友達に話を持ち込んだのだ。
 すると、とんとん拍子で話が進み、女性の力を見くびっていた私の偏
見を大いに反省することになった次第だが、まあ、とにもかくにも、そ
んな次第で、私によって日本に導かれたフランス人は、私によって私の
前の職場に場を得ることになった。
 こんな展開になるなんて夢にも思っていなかった、と彼女は手放しの
喜びようだが、それを言うなら、フランスの片田舎で日本への憧れを持
ち続けた彼女こそ、凪いだ水に落ちた最初の一滴だったのではないか。
それが次々うねりを呼んで、今となった。
 私をフランスに招いたフランス人。そのフランス人を介して出会った
彼女。ほかにも多数いた中のたった一人。
 最良の点が一本の線に繋がったことに私は感じ入るしかない。
「最良の」と信じられるお目出度さを、私は自分自身に赦した。