私だけの正常

 我が家は今どきのマンションで、風呂も外壁に面していないため、よ
ほど寒い冬でもなければ、私が湯の温度設定を四十度以上にすることは
ない。今の時期なら三十九度。決して熱すぎはしないだろう。
 それでも、足や手が、熱さ負けしてか、痒くなることがあり、そうい
う時は、どうしても、少し掻いてしまう。
 今回は、左手の甲の一部が赤くなり、痒みもあったので、右手の指の
ひらで少しこすった。
 すると、こすった二センチあまりの皮膚が、一ミリほどえぐれた。
 一ミリと言えど、皮膚がえぐれての一ミリは深い深い陥没に見え、い
ずれ皮膚が盛り上がって元に戻るとわかっていても、不安に駆られる。
 その症状発生直後に出会った友人知人のすべてに「火傷(やげど)?」
と聞かれた。
 異質さを目撃しても、相手がそれを気にしていると察すれば、人は見
て見ぬ振りをする。だが、私の場合はすぐに治ると楽観視されたのだろ
う。誰もが安心して質問を口にした。
 その判断は正しい。
 でも、なんで「火傷」なのよ。
 すると、「掻いたぐらいでは、そんな風にはならない」と言われた。
 夏に蚊に咬まれて掻いてもそうなるじゃない、と、私がパンツの裾を
めくりあげ、まだ残っている痕を見せると、「普通は、そうはならない」
と、さらに自信を強めた異口同音の声。
 そ、そ、そんな馬鹿な。これが普通と信じて疑わず、いつも、発生か
ら治癒まで根気よく付き合ってきた私の人生が、ちっとも普通じゃなか
ったってか。
 間近にいた一人は、私の足の、掻いた痕から目を横にずらして、「う
わあ。色が白っ。毛が全然ないっ」と驚嘆し、目をぐっと近づけて「毛
穴もない・・」。
 この特別についてなら、私にも自覚があり、秘かな自慢ともなってい
た。
 だが、新たな特別については、今まで思ってもいなかっただけに動揺
である。
「もしかして、皮膚が異常に弱いんちがう」
 そう言われると、フランスで入院したのが原因不明の皮膚病であった
ことが思い出されてくる。
 しかも、ほどなく、それまで使っていた化粧水を、肌が、突然、受け
付けなくなった。激しくしみるため、一滴たりともつけられない。超敏
感肌の知人のお墨付きを得たメーカー品だったのになあ。別の化粧品に
変えても、同じこと。
 蒸留水とグリセリン尿素で作る手作り化粧水という最後の手段があ
って救われたが、やっぱり、皮膚は、私のウィークポイントだったのか。
 人と比較する機会が遅れたため、発見も遅れた、私の「実は異常」だ。