道を訊ねる時

 スーパーから出ようとしたら、これから入ろうとする女性に「今、雨、
降ってますか」と聞かれた。
 いままで、いろいろな人に道を聞かれたし、隣に近寄ってきたおばち
ゃんから「そっちの方が美味しいかしら」と唐突に話しかけられるよう
な経験もしてきたけれど、今の私にその質問は妥当ですかね、と首を傾
げたくなることを聞かれたのは初めて。 
 でも、私自身、よく人に道を聞く。方向感覚のなさが半端じゃないた
め、考えても無駄なのだ。
 ただし、たくさんの人達の中で、あの人だったら知っていそうだし、
親切に教えてくれるだろう、と思われる人を選ぶべく、動物的な勘はし
っかり働かせる。
 フランス人と、一日フリー切符で大阪をあちこち巡った。
 大阪は地下鉄での移動が便利。しかし、地図を見て、この駅でこの線
に乗り換えればいい、と思っていると、実は、その駅で乗り換えるには
異常に長く歩かなければならず、何駅か先の駅で乗り換えた方が合理的
だったりするのだが、地図だとそこまでは読み取れない。
 ある構内で、いつもその線を使っていそうなサラリーマンに地図を見
せ、ここに行きたいんですけれど、と相談した。長方形の手前の角に位
置するその駅から対角線上の駅に行くのに、右回りと左回りと、どちら
が最短距離かを聞きたかったのだ。
 彼は「これに乗って二駅目で降りて、この線に乗った方がいいですね」
と教えてくれた。
 同行のフランス人は、地図があるのに人に訊ね、かつ行き方を急遽変
更したのが解せないようで、地下鉄に乗ってから説明したが、高いピン
ヒールを履いた彼女を慮ってのことだと察してくれただろうか。
 さて、二駅目で降りると、私は、壁の大きな構内地図に近づいた。
 すると、トントンと肩を叩かれて、さっきのサラリーマンが、
「あそこの階段を上がってください」。
 どうよ。この日本人の親切さは。
 私は、思わず鼻が高くなりましたね。
 日本人は嘘を教えないし、知らなければ知らないと言う。
 ところが、フランス人は知らなければ嘘を教えてまでプライドを保ち
たい人種のようで、その自覚があるのか、道を聞き、時間を訊ねる時、
彼らは、自分の国であっても、西洋人顔を避けて、わざわざ日本人を探
す。
 きっと、今日もパリのどこかで、そうだろう。