日本のパンは美味しいけれど

 フランス人に夕食に招かれ、手みやげに悩んだ。デザートは、一番意
気込んで手作りが準備されているはずだと思うと、何も選べなくなる。
屈託したまま、翌日にでも食べてもらえればと、クルミとレーズン入り
のパンにした。
 すると、これが、どこで買ったのかと熱心に聞かれるほど好評で、私
は一気に鼻高々。
 が、早速、食卓に供されると、バゲットライ麦パンと同系列であっ
ても、クルミとレーズンが入っているため、日本のご飯の位置づけにな
らないと思っていた私は「ふーん、なるんだ・・」。
 そう言ったら、日本人がクロワッサンを昼食に食べるのを見ると驚く
という話になった。その手のパンは朝食かティータイム用なのに、と。
 なるほどね。以前、彼女がデザートを買うと言って、パン屋でブリオ
ッシュを選んだ際、「え、これってデザートの範疇なの・・?」と頭が
混乱した私だったが、おかげで謎が解けた。
 甘くて軟らかいパンは、デザートになる。その感覚からすれば、それ
で一食と為す日本人は、そりゃあ、違和感だろう。
 さて、軟らかい、という言葉から、彼女は、日本人の女の子が、日本
の食事は軟らかいものばかりなので、フランス人のように顎の筋肉が発
達しないと言ったことを思い出したが、これには、私が即座に「ちょっ
と待った」。
 昔の日本の食べ物は、穀物ですら、最低三十回は噛みなさいと言われ
なくても十分咀嚼しないと食べられないものばかりだったし、少し前ま
で、おかきなどの菓子類も、もっとずっと硬かった。
 今そうでなくなったのは、日本人が、離乳食か老人食のごとき軟らか
さをますます好むようになったせいにすぎないのである。
「ああ、だから、日本のテレビでは、みんな、肉が口の中でとろけると
か軟らかいって言うのね。それが美味しいってことなのね」と彼女は納
得し、一方の私は、食の嗜好一つとっても、歴史の流れの中で捉えない
と理解し損ねることを思う。
 そのタイミングで、広く常識と見なされている歴史認識に鋭く斬り込
んできた歴史学者の存在を知ったので、図書館に本の予約を入れた。
 高校時代、子供を育てるからこそ、女の人は歴史を知っているべきだ
と同級生の男子に言われ、「ふん」と聞き流していた私だが、ようやく、
その扉を叩きたくなる心の態勢が整ったようだ。
 人から大きく遅れても、まだ間に合う。
 生きていれば間に合うのが、嬉しいではないか。