清潔さの国事情

 きのうは雨で、特に靴には困ったけれど、暑くないのが嬉しいなあ、
と思っていたら、エレベーターで出くわした宅配便配達の女性から「暑
くても、晴れている方が、荷物が濡れないから、ありがたいんです」と
言われ、なるほど、勤め人は、通勤の往復だけ雨を我慢すればいい人ば
かりとは限らない。彼女は、今日は喜んで汗だくだろうか。
 しかし、今年は酷暑で水不足との予報。雨はしっかり降ってほしいと
願う。だって、それでも、帰宅時のうがいと手洗い、トイレでの手洗い
は省けないもの。
 フランス人と結婚した友が、家に人を招待した際、食事の途中にトイ
レに立った。あまり好ましくないことだが、デザートが終わるまでに数
時間かかるとしたら、仕方あるまい。
 トイレに手洗い場がないため、居間を通って台所に手を洗いに行った
彼女は、一体トイレでどんな汚いことをしてきたんだ、とフランス人全
員から思われたそうな。
 そう聞いていたので、今、日本に来ているフランス人が、公衆トイレ
から手を洗わずに出てくるのを見ても、ああ、フランス人だなあ、と嘆
息するばかり。
 なぜに嘆息か。
 やっぱり汚いでしょう。トイレと言うだけで、その空間は。
「へぇ。フランス人は、トイレは汚くないと思うから手を洗わなくて、
日本人はトイレは汚いと思うから手を洗うのね」。
 キャッキャと喜ぶ彼女。
「トイレで手を洗わない人が料理していると思うと、フランスではレス
トランにも行きたくなくなる」と言ってみたら、「それは法律で義務づ
けられている・・・はず」。
 じゃあ、やっぱり、汚いって認めるんじゃない。
 どの国に住みたいかは、国民性や言葉、文化、自然などに強く惹かれ
たことが理由となる場合が多いが、もっと水面下の、生活で直面する小
さな困惑が大きな拒絶反応に成長することもあるので、私は迂闊に返事
ができない。
 皿を洗うスポンジで、テーブルを拭く。
 台所のシンクに水を貯めてサラダを洗う。
 もちろん、自分がそうしなければいいし、家に招待されたら、それで
もこの国の人達は死んでいないと考えて、しのぐ。ゆきすぎた清潔さは
抵抗力のない人間を作るという一面もあるのだから。
 ただ、日本は湿度が高いので、水に恵まれたことは、私達の健康のた
めに大いなる僥倖だった気はする。
 ところで、レストランで出されるおしぼりは、家で手を洗う代替行為
に当たるんだと、きのう、ようやく気づいた私なのでした。