デブが損な時

 マンションの敷地内で出くわすと、やばっと感じて、無視してしまう
若い男。
 だって、変なんだもーん。
 すごいなあ。よく知りもしない相手をそう断定するなんて。
 だいたい「人は見かけによらない」と言うぐらいだから、見るからに
変な人は、案外、「変」の度合いが軽い、ということは大いにあり得る。
 なのに、すごく変だと思われ、人から避けられて、なぜなんだ、と本
人は悩む。
 その悩みを与えている一人である私自身も、理由を知りたいものであ
る。
 たぶん、いつも同じ半袖Tシャツに短パン、野球帽、アラレちゃん眼
鏡だなあ、というのが私の意識にのぼった時が始まりだったのではない
か。寒さが半端じゃなくなるとジャージの上下に変わるが、そうなった
ら、そればっかり。彼はその二つのパターンで生きている。
 しかし、〃着た切り雀〃を理由に毛嫌いする私ではなかろう。
 太っているから?
 腕と内股の肉がそうさせるのか、歩く姿は、大の字になって寝ている
ところを真上から見下ろしたか、大入り袋の「大入」の字のごとし。
彼がのっそり近づいて来ると、逃げ場のない厚い壁に迫ってこられるよ
うな恐怖を感じる。
 太さが愛嬌となっている人もいるから、結局は、彼が発する雰囲気、
という説明しがたいものが理由になってしまうのだが、不必要に脂肪を
まとった肉体は、他者の心に芽生えた不審の念を一層増幅させることを
知った。
 彼が、突然、痩せたのだ。
 表面積は二分の一。顔は逆三角形のエンマコオロギかキリギリスで、
はっきり言って、もはや別人。
 ために、彼と気づかず、私は普通に会釈した。しかも、その後は、彼
だと認識しても、その程度の社交性なら発揮できる。
 太っている頃、彼は、隣人達の行動を観察して、自分から挨拶すれば、
挨拶し返してもらえると勇気を出したら、無視されて、いじけ、もとの
殻に閉じこもったというのに、痩せただけで、ちゃんと挨拶し返しても
らえる立場が獲得できたのだ。
 普通でない雰囲気は失せていない。が、悪目立ちしない。普通の人々
に紛れ込めるようになった幸せを、彼は噛みしめているのではないか。
『いつまでもデブと思うなよ』の著者が「大切なのは見た目の印象」で
「太っていると損」と論じたのには、そうかなあ、と懐疑的な私だった
が、それって、単に、私の内なる「誰にもいい人でありたい、おりこう
さん意見」だったみたい。