飴ちゃんオバサン

 きのうは雪。
 でも、すぐ止みそうなはかなさに見え、家とバス停の間だけだし、折
りたたみ傘一本あればいいんじゃない、と母が言い、それもそうだと、
押すキャリーの中に入れて、母と私は家を出た。日常品をまとめ買いす
る予定で、押すキャリーはあっても、余計な物はないに限る。
 バスの時刻ぎりぎりに家を出たら、エレベーターは上階に止まったま
ま。子供達の声が聞える。よっぽど階段を駆け上がって咎めに行こうか
と思ったら、「エレベーターで遊んだら、あかん」と父親らしい人の叱
る声がして、彼らを乗せたエレベーターが降りてきた。
 おかげで私達はバスに乗り遅れ、次は十分後。
 ひと停留所歩こうと母が言った。そこなら、別の路線のバスも来る。
 三分後に着くと、バスは来ないが、雪は本格的なぼた雪。
 流しのタクシーを待つことにした。
 そこへバス待ちの女性がやってきたと思ったら、「この傘を使ってく
ださい」と彼女の傘が差し出される。親骨の部分の錆が傘の生地に移っ
ていて、「いらなくなったら、捨ててください」の言葉は納得できるが、
そこまで捨て身の親切はゆきすぎだろう。
「家はすぐそこなんです。次のバスまで八分あるから」
 そして、家まで一往復して戻ってきた彼女の手にはビニール傘。
「捨てるに捨てられないのがいっぱいあって、使ってもらえたら嬉しい
です」。
 こうして、私達は、見知らぬ人から二本、傘を譲り受けた。
 降りしきる雪の中、これほどありがたいことはない。
 どう感謝すればいいのか。
 フランスにいた頃、日本から会いに来てくれた友達とベルサイユにド
ライブに出かけたら、中に一人だけ子持ちの友がいて、彼女が、車に乗
ってすぐ、「これ、いる?」と飴を見せ、いいと言うと、「じゃあ、こ
れは?」とガムを出してくるので、そうか、おなかが空いたとなったら
待ったなしの子供を持つと、女は皆〃飴ちゃんオバサン〃になるのか、
と感慨深かったが、常備するのはあなたの自由でも、「人に押しつける
善意」となったら、話は別。
 私はそういうはならないゾ、と私は固く決意した。
 なのに。
 きのう、たまたま、買い物中の空腹予防に飴を持っていて、傘のお礼
に、飴ちゃん押しつけデビューしてしまった。
「あ・・・。じゃあ、私も遠慮なくいただきますね」
 女性は気持ちよく受け取ってくれたものの、私は自己嫌悪。
 せめて、おしゃれなチョコならよかったんだけど。