「ケチ」でも「物を大切にする精神」でもなく

 デパートのトイレに入ったら、パンツの前ファスナーが開いている。
 うぎゃあ!
 個室の中では、まず脱ぐものなのに、ひとまずファスナーを閉めよう
としたら、引っ張る部分はちゃんと上まで来ている。しかし、スライダ
ーはパッカリ開いて、ああ、壊れちゃったのか。
 さっき試着室から出る前に鏡の中で確認していれば、気づけていただ
ろう。
 人から笑われていなかったか不安になるが、コットンセーターは上に
出していたし、ジャケットも羽織っていたから、その心配はなかったと
強く信じて、脱兎のごとく帰宅。
 このパンツは、買って七年目になる。
 買った服やバッグの購入年月日、価格、購入場所、ブランド名、素材
などを、色つきの簡単なデッサン画と共に書き留めてあり、いつでも正
確なところがわかるのだ。
 母にファスナーを付け直してもらおうかと思ったが、フランスの田舎
に住んでいた時、お気に入りのジーパンのファスナーが壊れて残念がっ
たら、「捨てるなんてもったいない」と知人がぶ厚い生地と格闘してフ
ァスナーを付け替えてくれたものの、手元に戻ってくると、長年着倒し、
くたびれてしまったことがしみじみ見て取れ、知人には申し訳ないが、
ほどなく捨てた経験がある。
 このパンツも、ファスナーの寿命が全体の寿命と納得し、感謝して手
放すのが良いような。
 で、迷わずそうした。我ながら成長したもんだ。
 だが、心の奥では屈託している。
 だって、右足のファスナーが「もうすぐイカレそうですよぉ」とサイ
ンを出しているショートブーツや、透明プラスチックがひび割れした定
期入れなども、もういつ私の視界から消え去ることになってもいい心の
準備が必要になってくるからだ。
 ショートブーツは、現在のを上回って私の寵愛に値する物に出会えて
いないため、激しい執着心になっている。
 定期入れは、年下の男の子からのプレゼントで、革は上等だし、私の
名前入りで、もしプラスチックのひび割れを誰かに見られても恥ずかし
くないなら、個人的にはいつまでも使い続けたいが、人目が気になるゆ
え、葛藤が生じている。
 けれども、パンツは七年。ブーツや定期入れが七年以上という使用年
数を確認して、私は一つの悟りに達した。
 十年を目安に刷新しよう。
 十年のあいだには似合う形や色や柄が変わるだろうし、さすがに飽き
も来るはず。
 だから、どんな物でも十年で決別しよう。
 潔さを身につけた私は、まずはサングラスを買い替えることにした。