本当の望みを見極めた友に、運は

 その時、自分がどう言ったかは覚えているのに、いつのことかは忘れ
ている。
 時はびゅんびゅん過ぎ去るからね。
 そう達観したがる私は、あまりの数字音痴を誤魔化そうとする魂胆な
のかも。
 が、私ほどひどくなくても、人は、たくさん忘れ、少しだけ覚えて生
きるようできている。
 ただ、パソコンの登場で、「何一つ忘却しない人間」という未知なる
ジャンルが可能になり、それが人のさらなる幸せに結びつくのかが今後
の研究課題になるそうな。
 Macのspotlightのおかげで、書いた日記がすぐに見つかり、去年の
十月だとわかった。
 去年の十月、その友は、正社員がいいと言いつつ、派遣会社に、正社
員ではなく派遣の紹介を希望するので、私は「言ってることと、やって
いることが違うね」と言った。自営業のご両親を助けるため、週休二日
と残業なしにこだわり、それでは正社員は無理だと決めつけるのには、
ご両親が廃業された時、後悔しない自信はあるのと問い、暗黙の年齢制
限で履歴書を突き返されるショックが嫌で、家業を口実にしていること
はない、と聞いた。
 嫌な奴だなあ。
 私自身、そう思うから、連絡が途絶えても甘受できたが、久しぶりに
連絡があって、正社員で採用されたんですって。
 有給休暇が明文化されていないような小さな会社だけど、週休二日。
残業は、あっても一時間ぐらい。
 彼女の理想がほぼ叶ったことに嬉しく驚かされるが、会って食事する
と、
「今までは人と比べてばかりで、休みに外国に旅行するとか聞くと、ど
うせ私は、と思ったりしていたけど、本当に私は行きたいのかと考える
と、そうでもないことがわかったりして、もう人と比べなくなった」
 とか、
「昔の私は浅はかだったと思う」
 と話す内容が、これまでの、本人は真剣に考えているつもりの「ぐじ
ぐじ堂々巡り」を突き抜けていて、彼女との会話が楽しめることにも笑
顔で驚かされる。たぶん、彼女が、自分自身を客観的に語れるようにな
ったからではないか。
 それにしても、昔の自分の愚かさを懐かしむ気持ちには、強く共感で
きた。
 しかし、三月の日記にも書いたように、私は「今より馬鹿な私には戻
りたくない」という表現方法になり、「浅はか」という言葉は思いつき
もしなかったが、この方が気持ちを的確に言い当てている。
 気持ちにどんぴしゃりの言葉に出合えると、すーっと胸がすく。
 これからは、この言葉を忘れないようにしようと、強く心に刻み込ん
でおいた。