運命からのテスト

 レジで、目の前の女性の頭を眺める。
 黒髪二十本に白髪が一程度の割合で混じった頭。 
 何歳くらいでそうなるのだろう、と後ろ姿から予想していたのだ。
 と、彼女持ち物であるスチール製キャリーの上に乗せていたスーパー
のカゴが滑って落ちた。
 パック入りの卵が割れて、床が汚れる。
 ・・・・なんで?!
 私が困惑したのは、こういう事態に出くわしたら、さて、君はどうす
るかね、と私の運命を司る者から試されようとしていると、強く感じる
からだ。
 知らん振りをする。
 手を貸す。
 どうしようと私の自由だが、その咄嗟の判断の結果は、これからの私
の人生で何が起こり、誰と出会うかに結びついてゆくのだよ、と言われ
ている気がしてしまうのだ。
 私は、女性がキャリーの上に戻したカゴに手を突っ込み、大根やブロ
ッコリーの位置を変えてカゴのバランスが取れるようにすると、受付け
カウンターに行って、卵が落ちて床が汚れたと伝えた。
「すぐに掃除しますので、そのままにしておいてください」
 だが、戻って、女性にその言葉を伝えてからも、店の人は現われない。
私達は前に進み、汚れた床はうしろに遠ざかる。
 女性が「雑巾さえ貸してくれたら、自分で拭くんだけど」と言うので、
再びカウンターに訴えに行った。
「もうすぐ、係の者が来ますので」
 うーん、もどかしい。
 私も、卵のパックを落として割ったことがある。
 別のスーパーの卵売り場で、手を伸ばしたら、コートの袖が隣の卵パ
ックに引っかかって落ちて割れた。すると、またたく間に店員が奥から
モップを持ってきて拭いてくれた。あまりの素早さに、そういう状態の
まま一秒でも放置しておくのは、よっぽどまずいことのように思え、粗
相をしでかした私はいたたまれない思いを強いられたが、それは捻ねた
受け取り方というものであって、もちろん、心からの感謝が、その時の
感情の大部分であった。
 今回は私が原因ではないものの、女性と共にやきもきさせられ、掃除
専門のおじさんが来てくれたので、ようやく安堵。
 それにつけても悔やまれるのは、前日、デパートのトイレで、ひと言、
声をかけてあげられなかったことだ。
 年配の女性が温風乾燥機に手を入れている。風の音は聞こえない。女
性は、並んでいる人達の方をせつなく見ている。
 そこから私が正しい状況把握ができる前に、女性は、乾燥機が壊れた
とでも納得して諦めたのだろう、立ち去ってしまったのだ。