エレガントな関係

 たいしたことではないけれど、こっちは今こうだよ、というようなメ
ールを携帯宛に送り、返事が返ってきて、それに返事を返し、次に返事
が届いたら、その話題はそこ止まりだと互いに了解し合った気がして眠
ったのに、会った途端、「メールをブチられた」。
 私がメールをブチったと批難したのは、中学生。
 「じゃあ、もう寝るね」とか「今からお風呂」という言葉もなしにメ
ールを止めるのは、返事を期待する相手に非礼な行為であるそうな。
 だが、メールの切り上げ方にはそれほど繊細な気配りを見せる彼女が、
私からのメールに答えたくない時は平気で無視するのだから、その気配
りって本物なの。
 無視されて、私はちょっとへこんだ。
 その時よりも遙かに気持ちが落ち込み、わかった、もうあなたのこと
は友達とも見なさない、と見限ることで私の心の平安を取り戻すことに
した相手は、フランス人。
 私の日本語力を頼る時は、自分の都合で私をせかせておいて、うまく
いったら梨のつぶて。
 頻繁に会える近さにないだけに、私の心が大きく揺れたのだったとし
ても、梨のつぶてが四ヶ月も続けば、彼女を過去の友達だとして葬り去
っても、赦されるだろう。
 それが、突然、メールが来て、そっちに遊びに行くことにしたけど、
会えないかしら、いろいろあってメールできなかったが、会ったら話す
から、という。
 その文面から恋のトラブルを予想していたら、恋人と縒りが戻り、そ
れで忙しかったということで、四ヶ月の音信不通に同情しかけていた私
は、ますます踏んだり蹴ったり。
 ただ、会って話すと、以前と変わりなく話に花が咲き、会えて、話せ
てよかった、と感じるのだから、私も軟弱だなあ。
 しかし、彼女を警戒する気持ち、用心深く心の距離を置く気構えは私
の中にしっかり芽生えていて、私はもう、四ヶ月前の無防備な私ではな
い。
 それを、私は、私自身のために、喜んだ。
 分かり合える相手だと、つい期待しすぎる。期待しすぎるから、裏切
られたと感じることが頻繁に起こってしまう。
 だが、人も、時も、流れゆく。
 どんなに気が合っても、のめり込むのは危ないと悟っていれば、つれ
なくすることはないが、さりとて全身全霊で寄りかかることもない、ほ
どよい距離の大人の付き合いができるというもの。
 それが、結果的に長続きする関係に結びつく。
 そんなことを再認識した三連休でした。