本当は失敗したかった・・・?!

 高い所から下を覗く。
 うわ・・・。なんか飛び降りたい。
 へ? そうじゃないでしょ。
 こういう内なる会話を経て、遙か下方に吸い込まれたくなる気持ちを
抑え込む。
 だから私は高所恐怖症、と信じているが、高い所でどう感じるか、誰
とも打ち明け合ったことがないので、もし私だけの特殊な感じ方だった
らどうしよう。
 でも、おかげで、本心と裏腹の誘惑に襲われ、それを強く否定すると
いう内的葛藤には馴染みがある。妙な誘惑が心に沸き立たないようにす
るのは不可能で、私にできるのはその実行を拒否することのみ。
 よって、たとえば手を動かすという行為は、脳が動かす準備を始め、
動かせる状況が整うと、私達の心に「動かそう」という意識が生まれ、
「動いた」と知覚してから、脳が指令して実際に筋肉が動く、だなんて、
脳科学の立証なしには信じがたい真実の、少なくとも前半部分を、私は
実体験として納得できる。脳が飛び降りたいと私に囁き、実行してもい
いけれど、実行しないことを私が選んで、不実行を確定するところまで
の段階である。
 そんな私が、きのう、無性にクリームソースの料理を食べたくなった。
 風邪を引いてから胃が欲したのは淡泊な和食ばかりだったのに、よう
やく回復間近になったら、なぜに、こってり牛乳とバター味。
 面食らうも、そこは料理の気力がない時の強い味方に溢れた我が国ニ
ホン。
 スーパーマーケットで、普段は素通りする棚を丹念に見て回り、箱を
裏返しては品質表示を確認し、この程度の添加物ならいいかと思えたの
を一つ選び、夜、湯煎した。
 パスタの上に、炒めたエリンギと人参をのせ、さあ、あとは温めたク
リームソースをかけるだけ。
 久しぶりの加工食品にワクワクする時が来て、クリームソースをかけ
た途端、皿が流しにひっくり返った。
 使い終わった鍋やまないたを流しに移動させる手間を厭(いと)い、
流しの手前の七センチほどの縁の部分に皿を置いたら、熱いレトルトパ
ックの扱いに不慣れなせいか、袋の中のクリームソースをかける際、か
らだか手が皿を押してしまったらしい。
 そうなるかも、と思った。
 でも大丈夫、とねじ伏せた。
 が、こうなってみると、大丈夫じゃない結果になってもいいと思って
いたような気もしてくる。
 なんにせよ、まずは「食べ物の恨み」を晴らすべく、牛乳代わりに豆
乳を使い、一から作って、思いを遂げた。
 それが深層心理の望みだったのだろうか。