家庭教師の醍醐味

 英語の家庭教師をしている高校生の教科書に「北アメリカ」という英
語が出てきた。
 アメリカ大陸は北と南にあって、ニホン語同様、英語でも、北の大陸
を「北アメリカ」、南を「南アメリカ」と表現する。しかし、ニホン語
の「東アメリカ」「西アメリカ」は、英語では「東部アメリカ」「西部
アメリカ」。国内の地域のことだからね。
 そんな説明、しなきゃよかったかも。
南アフリカ」という英語が出てきたのだ。
 え。アフリカって、大陸は一つでしょ。
 彼女は疑惑の眼差しになるし、私も困惑。
 国名と気づけていれば大過なく済んだのに、「アフリカに関しては、
そう表現するのかも・・・」
 ああ、いい加減。
 が、家に帰るとすぐ、英語圏のサイトにアクセスした。
南アフリカ」は一国の名前で、「南部アフリカ」は南アフリカ共和国
を含むアフリカの南部地方を指す。
 なるほどね。
 じゃあ。北は。
北アフリカ」という国はないが、「北アフリカ」「北部アフリカ」の
二つの英語表現が存在し、それぞれが対象とする国が異なっている。
 ならば、東と西は。
「東部アフリカ」は「東アフリカ」、「西部アフリカ」は「西アフリカ」
の意味。
 ふーん、東と西は簡単なんだ。
 けど、一筋縄ではいかないアフリカという思いが募っている私は、あ
っさり頷けない。
 厳密には「東部」と「東」では指し示される国が異なり、「西部」と
「西」もまた同様、という別の説明文に辿り着くに至って、ようやく心
の視界が晴れた。
 時間をかけて調べた割には、今のニホンでは、「南アフリカ」が国名
であるとわかっていればいいと再確認できただけのような気がしないで
もないが、調べた説明文と地図を印刷して次のレッスンに臨んだ。
「ええっ。いいのに」
 彼女がぼやいたのは、「ヒッピー」という言葉からどんなイメージも
喚起されない世代の彼女と知り、調べて持っていた時はニホン語だった
が、今度のは数ページに及ぶ英文だったせいだろうか。
 自由度の高い個人レッスンであっても、彼女に、全文、訳させるだけ
の時間はなく、私が駆け足で和訳。
 でも、まさか、高校で、教科書を先生自身が駆け足で和訳し、ハイ、
来週の試験範囲まで終了、という授業が決行されるとはねえ。
 絶句です。
 今は、ユダヤ人について浅い知識すら持ち合わせない彼女にどう説明
するか、それが、私が私自身に課した次回までの宿題だ。