ある店員との別れ

 そのショップは、ミセス対象のフロアにある。
 豊満体型をカバーしつつファッショナブルというコンセプトが見て取
れるデザインや色を、通りすがりにちらっと見て、お世話になるのはま
だ先ね、と無視する寸前、スポットライトに照らされた淡いサーモンピ
ンクのギャザースカートが目に留まった。
 なぜ、そこにいるの、と問いたくなるような異質な存在。
 だから売れ残り、バーゲンで半額になっても、なお売れずにいるのだ
ろう。
 おかげで、私としては、思いがけなく掘り出し物が手に入ることにな
った。五年前の夏のことだ。
 しばらくして、そこを通りかかったら、私に応対してくれた店員と目
が合い、私は名前で呼びかけられた。
 勧められるままに商品を見て、試着もしたのではなかったか。
 もしそうでも、購入には至らなかったはず。私の財布の紐は意外と堅
いのだ。
 それでも彼女は笑顔で私を送り出し、次に行くと、また嬉しそうに出
迎えてくれる。
 ファッションの話しかしないのに、店員と客ののりをこえてもっと親
密になれそうな雰囲気に包まれる。
 やがて、その辺りに行く時は、彼女の顔を見に立ち寄り、そのブラン
ドの中の異端児が安くなっていたら、購入するようになった。異端児な
ので、焦って買わなくても大丈夫なのだ。
 ただ、買いたい物がない時期が長く続くと、後ろめたい気持ちになる。
 あなたがいなくなったら、ここでは買わないから。
 ようやく来年用に冬のコートを半額で買った先月、私は、彼女に恩着
せがましく、そう言ってみたくなった。
 素敵な気晴らしの場所になってもらっているのに、そんなことを思っ
た私。
 そのせいであるはずはないのだが、三月二日、はがきが届いた。
 また、お得意様限定のセールでもあるのかしらん。
 が、いつもの新作の写真入りではなく、ほのぼのとしたイラストと文
章だけで構成されていて、二月末でここを卒業し、新たな仕事にチャレ
ンジすることになりました、というようなことが綴られている。次の店
長も贔屓にしてくださいね。
 消印は三月一日。
 慌てて店に行っても絶対会えないよう熟慮して投函日を決めたんだ。
 そのプロ意識に感服させられるが、いきなり目の前から掻き消えられ、
連絡を取りたくても取りようがない状況に放り出された私は呆然。
 これにまさる別れ方はあり得ない関係だった。
 時は流れて、一瞬たりとも止まらない。
 頭ではわかっているのに。
 連日の雨が心に優しい。