素麺(そうめん)

 夏は「素麺」が王者のごとくもてはやされる。
 おなかの足しにもならないのにサ。
 いや、ならば、おなかの足しになったと思えるまで食べればいいだけ
のこと。
 けれども、敢えてそんな理屈を無視して感情で突っ走り、素麺を「こ
の世に不要な存在」とまで言い切ってしまう私。
 私は、同じ食べるなら素麺より冷や麦、という発想なので、素麺が過
剰に賛美されているような現状に心が拗ね、その思いが増幅して、こん
な暴論に結晶するのかも。
 が、先日、英語を教えている家庭で夕食に素麺を出されて、まごつい
た。
 正直に言おう。結構美味しいと感じたのだ。
 そんな馬鹿な。
 生まれて初めて素麺を買い、我が家の夕食に出してみたら、やっぱり
美味しい。家族にも好評。
 以来、我が家の夕食は、素麺がご飯代わりになった。
 あんなに素麺を罵倒していた私はどこやら・・・。
 だから人は信用できない。我が身を省みて、つくづくそう思う。
 ただ、私は、去年、一人の昼食の時は、冷や麦ではなく半田麺をよく
食べていた。
 麺が普通のより太い徳島県産の素麺。
 ということは、口当たりという点では、私はすでに素麺の虜(とりこ)
になっていて、なのに麺が細すぎて食べた気がしないという感覚のみで
素麺を嫌っていたことになる。
 あれま。
 感情で物言う人をケーベツしている当の本人がこのざまとは。
 弁解の余地もない。
 ところで、私には、素麺と並んで、どうしても許容できない食べ物が
あった。
 ジャガイモの味噌汁だ。
 ほかにいくらでも美味しい料理法はあるだろうに、なぜに味噌汁。レ
パートリーがなくて、居直って閃いたひとしなですか?
 本気でそう思っていた。
 それが、今年に入って食べると、妙に美味しい。味にコクがある。
 我が家では、クーラーはこれまであってなきがごとく、嵩張る壁の花
と化していたが、今年の夏はあまりに暑くて、ついに、日々、ありがた
がられる存在へと昇格した。
 冷房が効いた中だと、味噌汁もこの季節の一品になれる。
 私は、私が料理をする日は、ジャガイモの味噌汁を好んで作るように
なった。
 素麺だけなら夏バテという可能性もあるけれど、ジャガイモの味噌汁
まで加われば、これはもう、私の味覚が変わったと見なすのが自然だろ
う。
 味覚は、大人になっても変わるのか。
 でも実際、私の味覚は今回新たに上書きされた。
 ・・・。
 まさか、「味覚の老化」ってことはないよね。