町の靴修理屋さん

 買ったばかりのブーティを履く二日目となるその日、右足のヒールが
あるべき地面より下にのめり込む感覚に襲われた。ヒールがグググッと
こすれる感触も。
 足を途中で引き上げるが、ヒールの内側が三ミリほどえぐられてしま
った。
 声も出ない。
 が、まずは去年買ったショートブーツである。
 かかとは確かにすり減ってきている。でも、ヒール本体の底が剥き出
しになっているわけじゃなし、なのになぜ、ヒールの底の部分が押し潰
されたようになる。
 解せないけれど、靴底を変えることだと判断はついたので、それを履
いて出かけた。
 一件、用が済み、今から靴修理に行くと話すと、
「駅の手前に店があるよ」
 その人は、過去に二回、靴底を張り替えてもらったそうな。
 ふーん、どんな感じだろう、と見にいったら、駅の高架下。ひと一人
辛うじて座れる狭い空間に、スポーツ刈り頭のおっちゃんがいる。
 私は、ブーティのえぐれたヒールのことを相談した。
「そういうのは意外と目立つんやなあ。でも、なんとかできる。一度持
ってきィ」。
 値段表を見ながら靴底の交換について訊ねると、やおら細長い素材を
取り出して来て、
「これ、なんやと思う?」
「ゴム?」
「ちがう。おもちゃによォ使われてるヤツや」
「・・・」
「プラスチックやないか」
 プラスチック成型の靴底は、釘を打つ部分も釘の形に成型されるため、
大量生産向きで、今は大半がそうなっているが、歩くとつるっと滑った
りする、とおっちゃん。
 高いヒールだと足もとがぐらつく理由を問うと、靴が悪い場合もある
が、ほとんどは歩き方の問題だと言う。
 私は、靴を脱いで、おっちゃんに渡した。
 作業中でも口は閑なはずなので、おっちゃんに、
「いつから、この店してるん」
 などと話しかける。
 返事を受けて、
「そう言えば、戦後は、街のどこにでも靴修理の人はいたよねえ」
 ぬけぬけと、その時代を知っているみたいな事も口にする。
 一週間後、ブーティを持って、おっちゃんを再訪。
「なんや、この程度で。神経質やなァ」
 目の前でちょちょっと細工してから、返されたので、
「靴底は変えなくてもいい」
 と聞くと、細いヒールの場合はプラスチックの方がいいのだと答えて
から、
「ちょっと面白いこと、したるワ」
 プラスチックを少し削ぎ、その上に薄いゴムを張ってくれた。
 無料。
 そうでなくても差し入れるつもりだったみかんを三つ渡したら、
「初モンや。ありがとう」
 嘘でも嬉しい言葉をくれる。
 あと何足か持ってくるから、よろしくね。