靴擦れ

 家の近くの桜の木が真っ赤に染まっている。
 この木一本でもみじ狩りは十分、という気がしないでもないが、来週、
奈良に行く。
 鹿は当たり前の光景として素通りし、自然の中を一日しっかり歩くの
が、私のお気に入りの奈良の遊び方。
 同じ趣味の友達がいてくれて、嬉しいなあ。
 日帰りハイキングには大きすぎるリュックしか持っていないけど、
「大は小を兼ねる」精神で乗り切ろう。
 しかし、靴はそうはいかない。
 去年の三月、大神(おおみわ)神社のご神体である三輪山に入った時
は、雨が止んだ直後で、曇り空だったが、山頂に着くと粉雪が舞い、神
秘さが極まって大感激なるも、下山し始めると、雨のせいでぬかるんだ
地面は結構厄介だとわかる。
 それでも、すっすと歩きたい私は、いつもの歩調を貫いていたら、つ
るっと足を取られ、ダウンコートは滑り止めになるより、むしろその逆。
少し先の曲がり角まで登ってきていた人達が見上げている間近まで、ズ
ズズズズッと滑り落ちた。
 その時の靴は、付いた泥がどうにも落ちなくて捨てることになったが、
もっさいタウンシューズで、履くこともなくなって久しく、処分する必
然が生じたのは、もっけの幸い。
 この春の出雲旅行には、これも、靴箱の場所塞ぎと化していた革製の
スニーカーを引っ張り出してきた。
 山道を歩くことはなく、転びもしなかったので、今度の奈良行きにも
履いていけるかと、靴の裏を確かめたら、あるべき波模様が、ない。
 こんなにも綺麗にすり切れていただなんて。
 三輪山で足が滑ったのは、泥るんだ道を早足でくだろうとした私の大
胆さも理由だったろうが、あのタウンシューズの靴底もこれと同じよう
なことになっていたのでは、と思い至った。
 歩き方は大切。だが、靴底はもっと大切。
 気づいたなら、即、対策。
 ということで、一足買いました。
 コレを長時間履いて歩いて足が疲れるようなら、メーカーに文句を言
っても許されるであろうゴアテックス使用の高価な一足。支払いは、賢
くボーナス払い。
 一応試し履きしておこうと、履いたら、かかとの上の、皮膚が靴の縁
と当たる部分がこすれて、皮がめくれた。
 一般名称で言うところの「ガーゼ付き絆創膏」を貼り、さらに履き慣
らしてみるも、歩くたび、こすれて痛い。
 それを無理して履くのは、いずれ、こすれに負けない強靱な皮膚に生
まれ変わるから。
 あるいは、靴がいい具合に柔らかくなってくれるから。
 うーん、どっちを待っているんだろう、私。