嘘つき

 東京に住むフランス人から電話があった。
 フランス語で「元気?」。
「とても元気よ」
 と私。
 嘘だ。
 朝方、奇妙な夢の世界を懸命に生き、そういう時の常で、脳の一部が
異常に活性化して、寝ながら疲労し、なのになかなか夢から抜け出せず、
やっと目が覚め、ベッドから半身を起こしたら、馴染みの目眩の前兆に
襲われる。
 今にも視界の中の物がのっそり動き始めるんだわ・・・。
 幸い、そうなりそうな気配は、気配のままで終わったが、すごく朝寝
坊していたし、半日経っても頭はぼうっとしたまま。
 それでも、
「とても元気よ」
 と答えるのが社交辞令であろう。
 なんにせよ、私には珍しいこんな睡眠障害
 寝る直前までスコット・ペックの『平気でうそをつく人達』を読んだ
せいかも。
 人は嘘をつく。
 しかし、許しがたい嘘をつくと、かそけき罪悪感を感じるもの。
 ところが、罪悪感を一切拒絶するようになったのが、邪悪な人。
 罪の意識から逃れ、善なる自分を演じたくて、嘘をつく。
 が、嘘をついているという自覚がない。
 そこに邪悪さがある・・・。
 ああ、そういうことなのか。
 日本で一九九六年に発売されたこの本にもう少し早く出会えていたら、
悩まずにすんだだろうに。
 いや、そうかな。
 現に、読んで、むしろ心が重たくなった。
 まず思い出したのは、さる女友達。
 それから、年配の知人男性。
 彼らは確かに同類。
 私は彼らに疲れさせられる。
 女友達とは縁が切れたので、「疲れさせられた」と過去形で言うべき
なんだろうけど。
 思えば、私と彼女は全然噛み合わなかった。
 彼女は私に優越感を持っていて、私に嫉妬させようと、自身や家族の
ことを事細かく話し、私は、そういう彼女に哀れさを見ていた。この世
の道理とは相容れない彼女独自の理屈を聞かされた時などは、特に。
 ただ、そこに嘘を見いだせるとは、スコットの論を読むまで気づけな
かった。
 気づけていたら・・・?
 やっぱり逃げ出せなかった気がする。
 幼い一人娘に対する母親としての言動を友自身から自慢げに聞かされ、
それはあまりに横暴だと、弱い子供の立場に立って震えるように義憤し
て、私が見抜けている範囲の彼女の深層心理をあばいたら、泣いて絶交
宣言されたけど、そういうことでもなければ、話し相手に選ばれるのは
喜ぶべきだと考えたと思うから。
 まあ、おかげで、心晴れ晴れ。
 のはずが、男の後継者。
 神様。私の何がいけないのでしょう。
 逃げられないなら、どうすればいいのでしょう。