今幸せなら、たぶんOK(フランス旅行記)

 メールやSkypeで親交があったマダムBと違い、ムッシューBとは、
家に泊めてもらう日が初対面。
 だが、パリからの道中、マダムDが道に迷って、私がB夫妻宅に着い
たら夜の九時。ムッシューBは私の到着に合わせて、そんな時刻に夕食
を準備中。
 恐縮してまともに挨拶できなかった私の第一印象は最悪であったろう。
 ムッシューBに、マダムDは何をしている人物ぞやと質問された。
「退職して、今はアート作品を作っているみたいです」
「じゃあ、退職金で暮らしているんだ」
 翌日の昼食に招待されていて、マダムDはここに来るけど、どうか、
彼女が私の情報どおり謙虚な言動でいてくれますように。
 というのも、ムッシューBはまず、その場にいないマダムDに関心を
示した。そして、私の説明に一応納得した様子から見ると、私のお付き
でやって来て、私の滞在中、近くに宿を取って私のために待機していら
れるマダムDの経済的な背景がいたく気になったということ。
 その物差しが、彼のコンプレックスなのかも。
 私のことは、そのあと、聞かれた。
 私は言った。
 仕事には満足していたけれど、このまま一生を終えても幸せかと自問
したら、大学で専攻したフランス語が義務教育で学ばされた英語より遙
かに劣ることが心残りで、でも仕事を辞めてフランスに来たら、帰国後
困るだろうと予測はついた。それでも実行したら、案の定、予想どおり
になっていますかねェ、今のところは。でも、幸せだから、まあ、いい
かな。
「あの時に戻れるとしても、同じ決断をしたと思います」
 そして、私自身に言い聞かせるように、
「もし今に不満足なら、私は、過去を悔やむより、これからどうすべき
かを考える方が好きです」
 すると、それまでどちらかというと冷ややかな感じだったムッシュ
Bが、
「僕もそうなんだ」
 と話し始めた。
 最初の仕事は、慣れると退屈になり、別の仕事に変わったが、会社を
不当に辞めさせられた。すぐにも雇ってくれる会社はあったが、当時は
国がヘッドハンティング防止策として、一定期間、同業他社への就職を
禁止していたため、二年間失業。マダムBと結婚して、マダムBの連れ
子二人もいるのに。
 そんな話だ。
 親から広い農地を譲り受けて恵まれた身分だが、自分の力で手に入れ
たのでないことに屈託がある模様。
 ところが、マダムDは、
「あんな大きな家に住んでいるのだから」
 心置きなくなんでも話してよい相手と見なした。
 仕方ないか。
 ・・・その時はそう思えたのだが。