押しつけないで

 ベンツおじさんが差し入れてくれたスイーツの中から、大福を、もう
一人の女性が先に選んでくれたのは私には好都合だったが、残るアップ
ルパイとショートケーキのどちらにしようか迷いすぎたら、
「本当は大福を食べたかった菊さん」
 とベンツおじさんが勘違い。
 次の時は、それ以外の選択肢が発生せぬよう、大福ばかりが六つで、
「前の時、菊さんが大福を食べたそうだったから」
 の講釈付き。
 イラッとさせられたけど、でも、相手の反応から正確に相手の気持ち
を読み取れる場合もあるよねえ。
 昔フランスにいた時、職場の女性達の輪に近づいたら、中の一人から、
「菊。今日はこの人の誕生日なのよ。キスしてあげて」
 と言われた。
 頬と頬を合わせる挨拶のキス。
 そんなのが誕生日祝いの代わりになるのか、と戸惑って、私は一瞬硬
直。顔も赤くなったのではないか。
 キスする前に変な一瞬の間があいた。
 誰にも気づかれなかったと思うけど。
 数年後、私に「キスしてあげて」と言った人がその時のことを持ち出
し、私をからかった。
 私の心は正しく見抜かれていたのである。
 なぜ。
 咄嗟の、取り繕えない反応だったから。
 一方、ケーキの時の私の逡巡は、咄嗟の反応ではなかった。どっちの
ケーキにするか、私が私自身の気分を見極めるのに時間がかかっただけ。
 なのに、私自身も判断つきかねる私の気分について、私以上に理解し
ているみたいに決めつけられて、私は苛ついた。
 まあ、こういうのは、
「それは見当違いです」
 本人がぴしっと言えば、解決するのだが。
 友人である姉を介して妹の方とも知り合いになり、その妹と好きな本
を述べあった時、私は、私にとって小説の最高峰たるアゴタ・クリスト
フの三部作を紹介し、翻訳本を貸すことにした。
 フランス語の原作を持っているので、基本、返してもらうことはない
と思うが、万一のために本は捨てずに置いておいてほしい。場所塞ぎな
ら、読んだあと引き取ります。
 ただし、ついでに渡すその他の十数冊は、読もうと捨てようとご随意
に。
 私自身が手を下して捨てるには忍びがたい本達。その今後の運命を彼
女に一任できたら、私は肩の荷が下りる。感謝である。
 うち何冊かを、
「読んでみたら」
 と妹から渡されたようで、姉が私に言った。
「妹は忙しくて、なかなか読めていないらしいの。ごめんね。なるべく
早く返させるから」
 はぁ?
「だって、本は借りたら返すものでしょう」
 ・・・。
 あ。
 “あなたの世界”の常識ってことね。