決めつけないで

 ベンツおじさんは、自営業。
 最初に会った時、私を車で送ってくれたのは、
「俺のすごさを目で悟れ」
 のつもりだったようだが、車に疎い私は、
「あら。助手席がフランスと同じ右側なのね」
 ベンツと聞くと、
「ええ〜っ。どうせ買うなら、その道の人みたいなベンツだけは避ける
べきでしょう」
 私にかかったら、ベンツおじさんも形無しだ。
 もっとも、ほかの外車に乗り換えたとて、私の苛立ちは消えないだろ
う。
 彼一人の個人事務所の床に、なんで靴がでんと置いてある。 
 なんでクリーニングから帰ってきたズボンやシャツが掛かっている。
 なんで壁際に掃除機が・・・。
 ここはあなたの家ですかね、と皮肉りたいような事務所を見れば、美
意識でなく別の物差しでベンツが選ばれたのは一目瞭然。
「私はいいけど、ほかの取引先の人とかお客さんに失礼でしょう」
 って、一番鋭敏にそう感じて、いつまでも慣れないのは私だけかも。
 そんなベンツおじさんだが、気前は良い。
 私が、
「なるべく炭水化物を控えることにしたから、パンは止めます」
 と宣言すると、事前に鶏の唐揚げを調達しておいて、セットメニュー
をパン抜きで注文してくれるようになった。
 パンの時より炭水化物を大量摂取することになった気がしないでもな
いのだが。
 私が唐揚げを食べる量が減ると、別の店のもっと美味しい唐揚げやコ
ロッケを探してきてくれるのは、以前、
「美味しいかどうか、いちいち聞かなくても、全部食べたら、ああ、美
味しかったんだなってわかる」
 と私が述べた意見を教訓として覚えてくれているのだろう。
 けど、先日。
「菊さんのために買ってきた」
 と言われて箱を開けたら、大福が六つ。
「前の時、菊さんが大福を食べたそうだったから」
 はあっ?
 私が行く時、ベンツおじさんのほかにもう一人女性がいるのだが、前
回、ベンツおじさんの差し入れの三つのお菓子の中から、まずはその女
性が大福を選んだ。
 私はアップルパイかショートケーキかで迷った。どっちも捨てがたい。
 大福は、はなから私の眼中になかった。
 それを、
「先に大福を取られて悲しかった菊さん」
 と彼は理解したのであったか。
 表情や行動から心理的背景を読み解こうとするのは、関心のある相手
に対してだけ、と思えばありがたいが、ちょっと鬱陶しい。
 おまけに、見事に的外れだし。
 だから、私はイラッと叫ぶ。
「母親みたいですぅ」
 その思考回路が母親そのもの。
 思い込みで決めつけられると、私が私でなくなるから。
 私の気持ちは私に聞いて。