漢字

 リビングに親戚の親子も集まった夕方、その家の小学生の男の子が、
「先に宿題をすませなさい」
 と母親から言われ、
「なんで、みんなが来ている今、しなきゃいけないの」
 とむくれる光景をテレビで見て、
「え、なんで」
 私も思った。
 しかし、私の「なんで」は限りなく少数派であろう。
 小学生時代は遊びほうけていたが、中学生以降、私は、家では大抵、
机に向かっていた。宿題とその日の授業の復習を終わらせようとすると、
そうなる。
 いとこが休日に遊びに来ても、勉強が終わらないと部屋を出ない。
 学生だもの、普通よね。
 そう思っていたし、苦手な教科だと時間はかかるが、粘り強く取り組
めば、必ず目指す目標には到達できる。みんな、そう、よね・・・。
 これまた、そう信じ切っていた。
 ところが、個人的に英語を教えてほしいと頼まれたら、子供にも大人
にも、このルールが当てはまらない人達がいる。
 それでも、一対一で教えるから大丈夫、と思っていたのだが。
 説明は理解してくれても、その理解が定着しないのだ。復習する気も
ないようなので、当然の結果かもしれないけれど。
 あなたはそれでいいの。
 そういう自分自身でいいの。
 情けなくはないか、悔しくはないのか、という思いで問いただしたく
なるが、そういう私の感じ方が万人に当てはまるわけではないのか・・・。
 初めての驚き。
 幸い、私の生徒や保護者から学びの進度をきびしく追求されることは
ないので、こういう人達には「学ぶ楽しさ」を学習目標にすることで、
私自身、別のレッスンのあり方を我がものとすることができた。
 今、小学校低学年からの英語の授業必修化が検討されている。
 反対はしない。
「よーい、どん」でスタートして、もし自分に合わないとわかっても、
その後の人生で大きく困ることは、そうない。
 けど、ニホン語は。
 漢字は。
 どこかの役所が、外国人のために漢字にルビを振ったら、閲覧数が大
幅にアップして、漢字を読めない日本人もアクセスしたからだろうと分
析していた。
 つまりは、漢字が読めないせいで、生活の質が落ちている大人が結構
いるってこと。
 そりゃあ、学校時代に勉強が嫌いなら、当然かも。
 だが、漢字の習得レベルで生活が左右される。
 そう気づいて、学び直したいと思う人達もいるだろう。
 そのチャンスは整っているのか。
 幼児英語でグローバル化を図るのもいいけれど、大人が勉強し直すチ
ャンスがもっとあったらいいな。
 私達はニホン人。
 ニホン語で生きている。