山はテーマパークじゃない

 テレビをつけたら、ニュースで奈良の鹿のフンの話。
 約千二百頭の鹿のフンを片づけているのは人間ではない。
 おや。
『少年少女ファーブル昆虫記』の第一巻を読んだ私へのテスト問題みた
いね。
 果たして、有能なる処理班はフン虫達。
「そんなの知っているゼ」
 私は誰かに自慢したくなる。
 でも、フンを転がす様子をじかに見たいと思ったのは、そうか、奈良
公園に行けばいいんだ。
 それにしても、本を読んだら、すぐ、フン虫の話に出くわすとは。
 不思議な偶然。幸せのサイン。
 良き偶然ならば、今の私の在りようでいいんだよ、という運命からの
応援だから。
 で思い出すのは、一月六日に京都の愛宕山で起こった遭難事件だ。
 三十五歳の主婦と、九歳、七歳、三歳が山から下りてこないという。
 しかし、たかが標高九百二十四メートルの低い山であっても、午後か
らの登山が、まず無謀。
 しかも女一人に子供三人。一番下は三歳児というのも決して楽観を許
さない。
 よって、手放しの同情はないが、 
「それって私かも」
 半年以上前のことなのに、私は後ろめたくなった。
 幸い、彼らは枯れ葉で暖を取り、翌朝、自力で下山したそうな。
 私達は午後から山に登るような愚かな真似はしなかったが、ふもとに
着いたのは夕闇迫る六時過ぎ。
 遭難と紙一重の時刻になった怖ろしさに、登山を主催した友達夫婦も、
今も深く青ざめているかは疑問だが。
 関東に住むその女友達から電話があったのは、去年の四月。
 三歳までに子を愛宕神社に参らせると一生火事に合わないというので、
夫と娘の三人で愛宕山に登りに行くが、その前後に会えないかと言われ、
里山歩きを始めていた私は登山に同行したいと言い、そんな申し出を期
待していなかった友は大歓迎。
 私は日帰りハイキングのガイドブックの簡単な地図しか持っていない
けど、くっついていけばいい立場。
 それでもコピーを持って行ったのは、念のため。
 ところが、彼らは地図を持っていない。
 テレビで見る関東の高尾山は、完璧に管理されたテーマパークのよう
で、山はそういうもの、と高を括っているのか。
 でもまあ、前日に京都入りした彼らと朝八時半に登山口に立ち、午後
三時に下山の計画なら、人に付いていくという自己責任放棄姿勢で臨ん
でも、遭難には至るまい。
 が、誰とも出くわさずに下山することになった。
 登山に不向きな体力の、三歳児のせい?
 いえいえ。
 山を畏(おそ)れず、子に迎合した親のせい。
 そして、私自身は、毅然とするのが遅すぎた。