一人一人が、知識と体力

 どんなに低い里山でも、山は山。
 舐めちゃいけない。
 そう思うのは、プロが道に迷う場面に遭遇した過去があるからかもし
れない。
 フランス・アルプスのトロワ・バレーで、いつものように現地のスキ
ー学校に入り、スキー教師に率いられて日帰り遠征を繰り返していたあ
る夕方。三月なのに天候が荒れる中、あとは視界の悪いこの道を行けば
朝集合した地点に戻れる、という時に、スキー教師が私に言った。
「あれは日本人だ。そっちの道は違うって叫べ」
 見ると、何十メートルか先に、ガイドに先導されたグループがいる。
 私は、えー、日本人かなあ、と疑いつつ、
「そっちの道は違いますぅ〜。こっちに来てください」
 日本語で叫んだ。
 待っている私達に、その一行が合流した。
 そうかあ。
 現地に住んでガイドの仕事をしているプロでも、霧が立ちこめたりす
ると、道を間違うことがあるんだ。
 山は平地とは違う。
 正しく畏れよ。
 素人であれば、なおさら。
 ところが、里山歩きの友達は、道なりに歩けばいいんでしょ、という
楽観主義者で、万一の時にそういう相手と一蓮托生はごめん、と思うの
であれば、そう思う私が努力するしかない。
 船頭多くして船山に上る、と言うし、誰かに盲目的に従うのは私の性
に合わない気もするから、否応なく新たな知識を修得させられるのは、
別段、苦にならない。
 本を買い、小学生以来の地図記号と再会すると、ああ懐かしい。
 地形図の解読は難しそうだが、マスターするまでは、しっかり踏みし
められた山道を歩くだけにすればいいか。
 その際、地形図の見方を実地訓練すればいいんだし。
 GPSや高度計は・・・私の地形図解読能力次第かな。
 ただし、SILVAのコンパスは買う。
 去年の四月に関東の友達から愛宕山登山の話が飛び込んできたのは、
そう考えている矢先だった。
 コンパスを買う時間も、愛宕山の地形図を買う時間もない。
 が、その友は、以前、京都に住んでいた時に一度愛宕山に登ったこと
があるそうだし、ダンナ連れなら、私は、彼らの三歳前の娘と同じ立ち
位置で臨んでいいだろう。
 買う前にインターネットで調べて、私は私の身長に適切な長さの男物
のステッキを持っていたが、友達のダンナが前日新宿で調達したと言う
のは、私のより短いステッキ。使う方が疲れる、と下山の途中で使うの
を止めた。
 ちゃんとアドバイスしなかった店員もどうかと思うが、水に入れたら
勝手に泳ぎ始める犬のように、生まれながらに男は山、と信じたのは、
違ったみたい。