内なる世界と、外の世界

 資産家の家はモデルルームみたいで、庶民の家のように雑然としてい
ない。
 広い家に住んだら誰だってそうなる、と思うのは甘い。
 たとえば、知り合いのベンツおじさん。
 得意の話題はお金で、会話のはしばしに自分がいかに金持ちかを匂わ
す言葉をちりばめる。
 しかし、彼の事務所にその片鱗はない。
 安靴は何足も目につく所に脱ぎっぱなし。何でもかんでも並べて置き、
けど肝腎の時に見つけられずに、うろうろ。年末にもらうカレンダーは
吊り下げ式も卓上型も全部飾り、箒は、早く帰れというサインの形で壁
に立てかけて、ここに来る客は随分みくびられたものだなあ。
 同じ金持ちでも、何が違うんだろう。
 最近読んだダイエットの本に、必要以上の物に囲まれると身動きがで
きなくなる、だから周りの物を整理整頓してすっきりした空間にすると
痩せますよ、とあった。
 内面の世界が、外側の世界に映し出される。
 ならば、外側の世界も、内側の世界に影響を及ぼすはず。
 外側の世界に配した物達を整理整頓すると、その証拠が内側の世界に
現われ、心に安らぎと秩序が生まれるし、肉体もスリムになる、という
のである。
 眉唾・・・と黙殺しかけて、ベンツおじさんのことを思い出した。
 そうか。
 金持ちでも、それに見合わぬ陳腐な物で空間を埋め尽くさないと落ち
着かない人は、心は庶民のまま。自分に自信がないし、未来が不安。だ
から、大量の物に囲まれることで、いや大丈夫、と自分自身を安心させ
ているのか。
 ベンツおじさんの事務所を見れば、彼が彼自身をどう見ているかは、
一目瞭然だったのだ。事業で成功して心豊かになった人の、目線の高い
話を期待しても、耳を塞ぎたくなる金に汚い話しか出てこないのは、彼
の内なる世界がそのレベルだから。
 内の世界と外の世界は、ちゃんとリンクし合っている。
 得心した私は、真剣に、整然とした空間を目指そうと決意。
 ダイエットの本によると、いらない物を探し回ると行き詰まるので、
いる物を決めるのがコツだとか。
 理屈はわかるが、実行するのはまだ怖い。
 けれども、いつか役に立つだろうと切り抜いてある新聞記事の束は、
必要ない、と執着が消えた。
 新聞は、最初に読む時にしっかり読み、その時に読み飛ばしてしまう
記事は、あとになっても読まない読む必要がない、と見切れるようにも
なった。
 それにしても、三日分新聞が溜まっただけでイラッとするなんて。
 スイッチが入ったらしい。
 初めての感覚。
 貴重なセンサーよ、ようこそ。