山で足がつる

 フランス人の友と大文字山登山をした日。
 日向大神宮(ひむかいだいじんぐう)に参拝してから、境内を通り抜
け、最初の分岐点でおにぎりを頬張る。
 が、食後の休憩もそこそこに腰を上げたのは、新幹線の中で早めの昼
食を済ませてきた彼の無聊に配慮したからではなく、午後からの山歩き
というスケジュールに私自身が気が急いたせい。
 と、五メートルも歩かぬうちに右のふくらはぎの一番膨らんだあたり
がかすかに突っ張る感じがする。
 歩いていれば治るだろう。
 しかし、突っ張る範囲はじわじわ広がり、左足にも同じ症状が現われ、
でも、次の分岐点で立ち止まると痛みが消えるので、またしても「さあ」
と先を促すは我なり。
 大文字山山頂に到着した時には、完全に両足がつっていた。
 空いていた木のベンチは、端に座ると「大文字山山頂」の立て札が取
り付けられた木の幹に足が届いて、ありがたかった。
 木の幹に足を押しつけ、ふくらはぎを伸ばす。
 これでもう大丈夫。
 と信じたら、下山し始めた途端、歩けない・・・。
 右ふくらはぎのかすかな違和感だけだったはずが、両太ももの前側が
鋼板の硬さに凝り固まって、ふくらはぎと太ももが全滅。要は両足が全
滅ってこと。
 片手に山歩き用の一本ステッキ、もう片手を長身の彼の肩に置いて、
そろりそろりと歩く姿は病人である。
 日向大神宮でおみくじを引いたら大吉で、最高の運気なのは喜ばしい
が、今後は運気が下がるしかないという含みもある、と彼に説明したの
が予言のようになっている。
 二人の女性に声をかけられた。
 年配の女性は、自分も山でよく足がつる、一度つると癖になる、と嫌
な事を言ってくれる。嫌な、と言うのは、今後の山歩きへの不安を掻き
立ててくれるだけで、今どうすればいいかのアドバイスはないからだ。
 私達を通り越してから振り返った若い女性は、
「足を縛るといいですよ」
 縛る物なんて持ってない。
 それに足を縛る・・・?
 後日、アウトドア専門店の店員に話したら、高齢者の山登りを引率し
た際、足をよくつる人が、案の定足がつったが、持参していた太いチュ
ーブでふとももをきつく縛ってひと休みしたら、すたすた歩き始めて、
驚いた、と語ってくれたので、知る人ぞ知る方法なのだろうか。
 なんにせよ、家に帰ってから調べたら、足がつったのに歩き続けたの
が最大の判断ミスだったとわかった。
 だが、この日、私はほかにも諸々判断ミスを積み重ねていたようで、
もし後悔すべきが一つだけなら、挽回は十分可能だったのだ。